訪れた生地店で選んだ数点の裁断を待つ間、眺めていた店内の1か所に目が留まりました。
裁断台の脇に立てかけられた、入荷したばかりと思われる生地。
細やかなヴィンテージ風のプリントに重ねられた花刺繍。美しい、というのを通り越し、その融合によって全く別の魅力を生み出している見事な化学反応に思わずため息がもれました。
思い切って声をかけ、見せてもらうことに。やはり思った通りのよいお値段だったので、その時は数色ある中のブルーをほんの少しだけいただいて帰りました。目的はまだ定まらないけれど手元におき、じっくり眺めたい、そんな純粋な気持ちで。
それからしばらくして、仕事とはまったく関係のないことを考えていたとき、ふと、この生地のことを思い出し、これと、あの帯を合わせたらどうだろう、というアイデアがひらめきました。
その帯とは、今回使った辛子色の更紗。こちらは数か月前に購入しながら、それほどの執着はなく、ほぼ記憶から消えかけていたくらいのもので、この時思い出したこと自体が今から考えれば奇跡だったほど。
さっそく二つを並べてみたのですが、正直、自分がイメージしていたのとは少し違っていました。お互いを引き立てあうというバランスからは微妙にずれている、何か落ち着かない。でも、待って。
「調和」することだけが美しさなのかしら?この、心にひっかかる感覚、反発や抵抗から生まれるエネルギーにも何か人を惹きつける魅力があるのではないだろうかという問いに少し挑んでみたくなり、思いきって生地の追加購入を決め、制作にかかりました。
今回の制作では、この問いかけが各所に顔をのぞかせています。
たとえば、ところどころに加えたイスラミックな柄の黒を含むプリント。黒は存在感が強い分、加える分量を間違えると作品を台無しにしてしまうリスクがあるため、常に慎重さが求められます。もちろん今回も時間をかけて使い方を決めました。
結果、このプリントが加わることによって作品の世界観は想定外の方向に向かいだしたのです。
更紗のイラスト風の描かれ方や水玉との組み合わせなど、当初は漠然とですがポップなイメージをいだきながら進めていました。しかし気がつけば、作品の奥のほうから声が聞こえてくるのです。
「このバッグを持てるのは、いろいろなことを知り尽くした大人だけ。そして持ってくれれば、間違いなく魅力的に見せるわ」と。
いったいいつの間にこんな主張を身につけたのかと驚きながらも、なぜか抗えず、流されていきます。
形は通常の比率を変えて横長を強調し、持ち手はバッグのボリュームから考えると視覚的には細すぎるというデザインをあえて選んでいました。
話が戻りますが、美しさについて考えるとき、人間は完全なものより、少しだけ異形に傾いているものに強く惹かれるという傾向があるのではないかと思います。
アイドルグループの中でセンターを獲得する女の子が必ずしもとびきりの美形ではないということ。最初は不快に感じていたのに、いつまでも頭から離れない現代美術の作品など。確かな理由はわからないのですが、その傾向はひとつの分野において造詣が深くなるにつれて芽生えはじめ、しだいに顕著になってくるのではと推測します。
つまり私がこの作品を作ることができたのは、見てくれている方々の美に対する見識の広さ、深さを信頼しているからということになるようです。
いっけん難しげな話に緊張を感じさせてしまったかもしれませんが、どうぞお気持ちを楽に。実はこのバッグとても作りやすいのです。
ご覧の通り、数々の柄の複雑な組み合わせが奥行き感を稼いで(!)くれているので、ビーズなどもそれほどついていないのにこのボリューム感。
また、このサイズにはつきもの(!)のファスナーもありませんし、扱いにくい生地も含まれていません。
佳きものとは、やさしくて寛容さをそなえている。そのことばを自分に言い聞かせながら完成へと向かいました。作品の是非は、どうぞ皆さんの目で確かめてください。