あらためて言うまでもないことですが、制作のインスピレーションの多くは素材との出会いによってもたらされます。
今回はモノトーンのチェック。織りによって描かれた墨黒の格子は奥行きと光沢があり、何かいいものができそうな予感が生地全体から伝わってきます。
合わせるために少しずつ集めておいた生地を並べて32×21センチの画面を作っていきます。午後2時ころに始め、やがて5時が過ぎ、夕飯の支度を始めなければならない時間がせまってきても、一向に方向性が見えずデザインが決まりません。夕飯を終え、片付けを済ませてふたたび机に向かった時、ようやく気が付きました。この組み合わせじゃダメなんだと。
それまで試行錯誤をしながら呟いていたことばを思い起こします。何か暗い、抜けていない・・・つまりもっとパッと光が射すような素材が必要なのです。
再度生地のストックを調べていたとき、床に置いたままの袋に目が留まりました。ひと月以上前、2月のマンスリーキットを作るときに一緒に購入したヴィンテージの素材。片付けをしないで放置していたことを反省するのは後にして、もしかしたら、というかすかな期待を込めてひとつの生地を引っ張り出しました。
さまざまなアメリカの歴史のイラストと年代が描かれたカーテン。悪くいえばカーテンくらいにしか使えそうにないと思いつつも、古い布の質感と絵の雰囲気にひかれてとりあえず購入を決めたもの。
小さく切ったモノトーンのチェックを重ねてみると、この日初めての明るい輝きを放ちました。
しかし当初考えていた細かい生地合わせでは、この生地の良さが生かせそうにないなぁと思ったその瞬間、古いスクラップ帳に参考資料として貼り付けたヨーロッパの窓格子の写真が頭に浮かびました。六角形!記憶に焼き付いている形を型紙に起こし、製図を描き、候補の生地をひとつひとつ並べていきます。芽吹いた柳の淡いきみどり、水仙の白と黄色、桜のピンク、青い空・・・チェックを取り囲んでいっきに春の気配がただよい始めました。上へ横へと広がっていくデザインは「はるいろ」では物足りず、「はるかぜ」という『動』を思い起こさせる名前を冠することに決めました。
悩んでいた数時間がうそのようにイメージが広がります。思いがけない救世主となってくれたアメリカのカーテンは内側に大きく使ってそれぞれのキットに個性を添えてもらいましょう。
あらたに長財布を作るにあたって、こだわりたかったのは、ハニーセル型のカード入れを組み込むこと。以前小さなサイズのお財布を作った時、縦に収納していたカードを横に並べるようにしてサイズを変更。実は最後まで悩んでいたのは、ここにじゃばらのマチを入れるかどうかということでした。
ひとつのご意見として「バイアステープで回りの処理をするのではなく、縫い代を中に収める形にしてほしい」というのを頂いていたので、今回はそれを採用したかったのですが、マチが入ると内側が平面ではなくなってしまい、財布のように小さいものは回りを縫い合わせる際に、それがひとつ難関になってしまうことを経験していました。また、ただでさえ生地が重なる財布の生地をひとつでも少なくしたいという思いがあり、当初はマチなしのデザインで作っていました。
できるだけ薄手の生地を使用しているため、カードが入っていないときのカードポケットは何となく不安定ですが、カードが入れば、形が安定するので、それでよしとしようといったんは決めたものの、「不安定」という言葉が頭から離れません。そんな気がかりが残るようなものを提供していいのだろうか、本当に手立てはないのだろうか・・・撮影をしたあとも気になって、何をしていてもうわの空。やはりだめだ!気が付けば目打ちとはさみを握りしめて返し口をほどいていました。
紙と生地を使って何度もマチを試作。生地とマチのサイズ、付ける位置を工夫すれば、少しの努力で縫い合わせができるところまでもっていけるはず。最も薄い綿ブロードを芯を使わずに蛇腹にして加えることで、何とかマチを組み込むことができました。
別のご意見としていただいていた札入れの部分は、通常のサイズに深めのものをもう一段加えて中のお札が見えないように改良しました。
従来のものより1センチ深くしたので、スマートフォンも収納でき、後ろ面のポケットにPASMOやSuicaを入れればオールインワン、これだけでもお出かけができます。そうなればショルダーベルトもあったほうがいいですよね。チェーンと生地の組み合わせで、さまざまな長さの調節ができる仕様になっています。ただ、長財布だけで使いたい、という方のことも考えてショルダーベルトはオプションになっていますので、ご注文の際にご確認下さい。
迷い、悩み、そして楽しみながらこれからも制作を続けていくでしょう。その時に「ハンドメイドだから」という言葉につづくのが常にポジティブな言葉であることを忘れてはならないと思います。