時々訪れる原宿のレース専門店でこのレースを目にしたとき、習性で即座にバラモチーフの数を数えました。
11、サンプル分を引いて10個。よし、キットに使おう!グリーンのバラ、絶対素敵な作品ができるはず。
すでにワクワクが始まっていました。
いよいよ制作という段になって、まず悩んだのがレースの裏にあてる布の色。背景の色によってバラの見え方はかなり違ってきます。近い色では沈んでしまうし、離れすぎた色ではバラのまわりのレースが目立ち過ぎてしまう。結論として近い色と少し離れた色を半分ずつ使うことにしました。これでモチーフに奥行きも出ます。
しかしながら、新たな問題が。当初長財布を作ろうと考えていたのですが、このレースがどうにもうまく収まらないのです。そして縦にしたり横にしたりして悩んでいるうち、あれっ?このモチーフって遠目で見た方がいいのかも、ということに気づいたのです。モザイク画のようなデザインのため、近くではその輪郭がつかみにくいことがわかり、この時点で残念ですが長財布は諦めました。
お財布がだめなら、同じくらい愛らしい小物を作りたいと思い、ポシェットタイプのバッグに変更することにしました。そうなると、長財布に想定していた材料では足りず、あわてて材料のストックを探し、縫い合わせていたバラのレースと亀甲柄のレースを一旦解き、そこにグリーンのフリースを挟みました。そして反対側に、色が気に入って少し前に購入した金糸の織り込まれた着物地を合わせました。この時はただ、色のバランスでこの構成にしたのですが、仕上がってから見ると、バラのレースに近い色をベースにしたほうに光を吸収するフリースと深緑のレース、バラのレースから遠い色をベースにしたほうに光を反射する金糸織り込みの着物地と白のフェイクファーを合わせていて、バラモチーフの陰影がレース単体で見るときより明確になっていることに気づきました。嬉しい偶然に後押しされて、無事、作品を仕上げることができました。
誰しも記憶の中に強く残っている色、思い出にまつわる特別な色というのがあるのではないでしょうか。
私にとって、とっさに加えた若草色は無意識に選んだ秋の色。どちらかというと春もしくは夏をイメージするこの色がなぜ自分の中で秋の色なのかと作品を眺めながら考えていたのですが、しばらくして、それが抹茶にまつわることに思い当たるのでした。
茶道の暦の中で11月の始めに「口切の茶事」という行事があります。
初夏に詰められた茶壷の封が切られ、石臼で挽かれて、その年初めての新茶が味わえることから11月は「茶人の正月」とも呼ばれます。
今は保存技術が進化して一年中きれいな緑色のお茶が飲めますが、おそらく昔の人々は夏を過ぎるころから少し黄色くなったお茶の葉でお茶を飲んでいたのでしょう。ですから、殊更にこの新茶を寿ぐ気持ちは強かったと想像します。
昔の人の思いの強さにはかなわないまでも、ひときわあざやかで、より多くの水分を含んでしっとりとした馥郁たる香りの新茶を味わう瞬間は、新鮮で神聖なものをいただく感謝と喜びに心身が満たされます。
闇のような黒の大ぶりな楽茶碗とその底に静かにたゆたうエメラルドグリーンの新茶のコントラストが記憶のどこかに潜んでいたのでしょうか、無意識に黒をアクセントカラーとして選んでいました。
今年は春から秋にかけてさまざまなストールを作りましたが、それを使うことで、これまでの洋服が新鮮に見えたり、新しいコーディネートを発見する機会が増えました。
小さなバッグはストールと同じく身体との距離が近いぶん、着こなしに大きな印象を与えます。昨年までのコートやジャケットに斜め掛けするだけで、気分も華やぎます。
小さいと言っても、長財布が楽に入り、ポケットにスマートフォンも収まります。
柔らかい素材が多いので、口周りにワイヤーの口金を通し、底には底板をいれて、開きやすく型崩れしにくい工夫をほどこしました。
チェーンの長さは各50センチ、布部分が20センチ、つなぎの金具を含め、ベルトの全長は約140センチになります。チェーンの先端に鉄砲カンがついていて、Dカンをくぐらせてチェーンの長さが調節できるようになっています。ショルダーバッグのように使うのも素敵。
近隣の散策で、初めて訪れる街でフレキシブルに活躍してくれることと期待しています。