白と同様、黒という色は本当に手ごわい。
絵の具に黒を混ぜようと試みたときも、ほんの少ししか入れなかったつもりなのに取り返しのつかないくらい沈んだ色になってしまった苦い経験があります。
今回のバッグはシンプルな形なので、さらりと仕上がったような印象がありますが、その裏では数回に渡る悪戦苦闘がありました。
最初はモダンな小紋の着物2種とフランスの幾何学プリントだけをベースに使って黒の花モチーフを刺していくつもりでした。十分なコントラストが引き出せると思っていたところ、黒が加わることによって、着物地の中に潜んでいた「陰」が強調され、その結果、モチーフが馴染み過ぎて沈んでしまったのです。
しかし、このことは私にあることを気付かせてくれました。着物の色というのは日本人の黒髪に調和し、自然に溶け込むようになっていたのだということ。そして奥に仕込まれた「暗さ」が人の体に添うことによって自然な影を作り、着る人を美しくみせるように工夫されているのだということを。
ただ、このセオリーに則って制作をしたのでは、私らしいバッグではなくなってしまいます。
私の作品においては「着物っぽくない」というのが褒め言葉のはず。着物を使っているのに、着物っぽく見えない、その原点をもう一度思い出しながら生地を探しにでかけました。
必要だと思ったのは、影を跳ね返すような明るい色、そして馴染んでしまうことを拒むような異質な素材感。こうして、まぶしいライトグリーン地の水玉と人工的な光沢感をもつ深緑のビニールレザーが加わりました。
すると、今度はこれらの新しい色と大きな黒のモチーフとの間に距離が出来てしまったのです。
それを繋ぐために加えたのが、ブレードを使った黒の細いラインとボタンを使った小さな点。素地に陰影が出来たことで、全体的に立体感が生まれ、モチーフが3D画像のように浮き出て見えます。
試行錯誤の末に生まれた作品は、見るたびにちょっと恥ずかしいような、それでいて何とも言えない愛着を感じます。
今回はサブバッグというコンセプトで作っていますので、ポケットが後ろ面にひとつついているだけのシンプルなデザインになっています。
そしてシンプルな形を美しく引き立てる工夫を、芯地の使い方や持ち手部分に加えてみました。
キットには初めて登場する、正面布とマチ布の間の細いラインもそのひとつです。この1本が加わることによって、見た目がすっきりと引き締まる上、バッグのフォルムがキープされ、角の部分の生地が擦れるのを防ぐことも出来ます。方法は決して難しくありませんので、今回是非挑戦してみてください。
そうそう、主役の黒の花モチーフについての説明がまだでした!
『エコアンダリア』というレーヨン素材を使っています。刺し方の順序をコマ送り方式でレシピに掲載しますので、その方法で、実物大カラーコピーを見ながら進めていただければ、近い感じに仕上がると思います。もちろん、全く同じでなくてOK、こういうものは味わいを楽しみましょう。
景色そのものが生きものように刻々と変化していく早春から初夏への時間、花を引き立て、新緑に溶け合う若葉色のバッグで出かけてみませんか。