今月のバッグを作るにあたって、とにかく普通ではないもの、非日常的なものを作りたいという思いに駆られました。
それによって、自分の中に滞っているものを払拭したい、何かを乗り越えたい、という気持ちがあったのかもしれません。
使う予定であったレースには、小さなビーズが並び、細い糸を使った刺繍がほどこされ、そして空間は隙間がないくらいにスパングルで埋め尽くされていきます。
元の儚さとは別物の輝きをもったレースの脇には、透明でありながら、重量感を感じさせるビーズ刺繍を添えたいと思いました。 ビーズ刺繍からビーズフリンジへと変化していくデザインは初めての挑戦であり、私自身ものめり込みましたが、半端ではないビーズの数に、途中、自分でも気が遠くなりそうな瞬間がありました。それでも心を集中させ、何とか完成まで辿り着きました。そしてその過程で自分の気持ちが微妙に変化していくのを感じたのです。大変な作業を乗り越えた達成感というより、もっと柔らかなもの…自分の手で美しいものを生み出すことができたという充実感と言えばいいでしょうか、何かに集中することで乗り越えたい、という頑なな気持ちはいつしか薄れ、もっと温かなものが心に満ちてくるのを感じました。
それからは自分がそのバッグを持つ時のイメージがどんどん浮かんできます。後ろ面は立体感のある柔らかなデザインにしよう。今の雰囲気にあうように、持ち手は少し太めのあえてハードな感じ、そう、あのヴィンテージの葉っぱのモチーフを揺れるようにしてチェーンにつけたら…。
「作ってみたい」バッグから「持ちたい」バッグに方向性は変わり、仕上がった時にはさらに飲み物や冷房除け用に羽織るものを入れられるサブバッグを作るアイデアも浮かんできました。
いにしえの人々によって作られた精緻で丹精こめられた作品に触れるとき、いったいどのような気持ちでこれを作りあげたたのだろうと考えます。
昔とは随分変わったとはいえ、今でも日本の女性は家庭や職場において男性よりも、地道に永続的に取り組んでいかなければならない問題を抱えているように思います。
負わされている、というよりは、男性の気付かない点に気付いてしまい、つい手を差し伸べてしまうというところでしょうか。そのことによって心が乱れ、思い悩んでいる時間も少なくはありません。
また身体のしくみによって、自分の気持ちとは裏腹に感情がかき乱されることもあります。
そんな女性に手芸が与えられたことはひとつの恵みかと思います。針を手にし、布と向き合う中で、いつしか心の波が納まってくるのを実感し、そんな母や祖母の姿を目にすることで、それらは私たちのからだの中に受け継がれてきました。
でも、それだけではなかったと今は思うのです。最初はただただ気持ちを集中させるために行っていた作業も、そこに広がる美しい世界を目にすることで、気持ちはいつしか昇華され、自分のためではなく、もっと多くの人にこの美しさを伝えたい、それを見た人が幸せを感じるような、もっと素晴らしいものを作りたいとう貴い気持ちに変わっていったのではないかと想像するのです。
私自身、お客様がご自分で作られたものを身につけられた時の、誇らしくも輝かしい笑顔に何度も出会ってきました。そしてそのことはさらに私の心を満たしてくれます。
これからも、いろいろな状況の中、さまざまな気持ちを抱きながら製作を続けていくのだと思いますが、それがどこかで誰かの幸せにつながっているのだと考えることが、大きな支えとなってくれるように今は感じています。