夏が近づいて来ると、骨董市にも薄物の着物が掛るようになります。
おおらかに描かれた朝顔や撫子が、光を通し、風をはらんで揺らめくさまに眩しく目を細める季節です。
夏の着物というのは、やはり傷み易いのか、良い状態で残っているものは少ないようで、そうなってくると自ずと価格も上がってきます。数年前に骨董市で見かけた朝顔の着物についていた数万円という値段は、私の予算を大幅に越え、とても手が出せるシロモノではなかったのですが、こちらの懐具合などなんのその、たおやかに風と遊んでいた長い袂は今でも頭の隅に残っています。
そしてまた、出会いとは不思議なもので、思い掛けない場所で思い掛けないものに出会うことがあるのです。
今年の2月に米軍の横田基地内の販売施設で1週間ほど展示販売を行い、その時、私たちのショップの隣にあったスターバックスに毎日コーヒーを買いにやってくる2階の骨董屋のご主人と仲良くなりました。誰とでも気軽に話せる話術は仕事で身に着いたものなのか、天性のものなのか(本当にこういう人って羨ましいです)。あれ、今ってもうオープンしている時間だよね…とそわそわしているのはこちらばかりで、骨董商とは、押し並べてみなさん大らか、大らか。
そんなある日、ちょっとお店を覗かせてもらいに行きました。広いフロアに日本の古い家具や鎧、伊万里の大皿など、和骨董の教科書のような品揃えで、時期的に雛人形もきれいにしつらえて飾ってありました。そんな中、着物のコーナーを見つけていろいろ眺めていた時、この朝顔の着物地を発見したのです。解かれてきれいに洗い張りされていたのも私には好都合。しかも価格が信じられないくらいに安い!おじさんのところは家具がメインの商品なので、着物などはまあ、ついでに置いてあるくらいの感覚なのでしょう、同じものが着物屋さんに並んでいたらどれくらいだろうなどと想像しながら、おじさんの気の変わらないうちに買ってしまおう、と持っていくと、何とさらにまけてくれて…もう、これだけで、横田に来た甲斐があったと正直思いました。
おじさんの話によると、この着物は大正時代くらいのものだということです。描かれている朝顔は爽やかというよりは、妖艶な趣き。最も気に入ったのは、花の中心部の目の覚めるようなエメラルドグリーンと雄蕊のマゼンダピンク。なんて斬新で新鮮なのでしょう。先人たちの色彩感覚の素晴らしさにただ感嘆するばかりです。合せる素材はこの勢いに負けないようなモダンで洗練されたものにしなければ!それにしても織られている糸の細いこと。今日までこの状態を保っていることが奇跡のように思えます。しかし今後のことを考えると、作る上で補強をしておいたほうがよさそうです。
着物地とキルト芯の間に一枚薄い布を入れて明るいグレイの糸でステッチを入れます。もし、着物地が擦れてしまっても、下の布をあて布にして繕うことができます。この布の柔らかさと柄行きを考えてバッグの形はグラニーにしようと思っていたのですが、今までの形では、柄がよく見えないので、中央のタックを2か所取ることにしました。2つの花が咲いている柄は布を横にしてバッグの幅いっぱいに、1つだけ咲いている花のほうは布幅だけで足りない部分にリボンのコラージュを加えて、前後で表情が変わるようにしました。内側は翡翠色のモアレ。
同じ形のものを作る時は少しずつ改良することにしているのですが、今回はメッシュを使って大き目の内ポケットを付けました。
このメッシュは私の最近のお気に入りの素材です。ポケットの中身がわかるのは便利ですし、その上、薄くて丈夫。
それと、手や肩にあたる部分にパッドのような布をつけてみました。こうすることで、あたりがやわらかくなる上、ちょと重みが加わって全体のバランスがよくなります。
薄手の着物というのは、中に着るものに気を使いますし、それに夏の黒はかなりの熱を吸収して熱くなりますから、着ているほうとしては、そこそこ大変です。でもそんなことなどおくびにも出さず、涼しげに振舞う心意気、周りの人を涼しく感じさせたいという心遣い、そこまでは見習えなくても、その日出会った人誰かひとりでも、爽やかになってもらえることを願いながら装うことができたら素敵ですね。