「食道がん」は「厄介ながん」である
厄介な特徴を持つがんが食道がんです。
①発見された時点で大半が進行癌であること、
②治療が大変であること、
③がん検診の適応とならないこと、
④他のがん(咽頭癌、胃癌、大腸癌、肺癌など)を合併する場合が多いことなどがその特徴です。
その原因のひとつに、食道の解剖学的な特殊性があげられます。食道は消化器のひとつですが、その働きの舞台となる腹部ではなく呼吸器、心臓の舞台である胸部に存在します。これが①、②の原因となっています。
食道は解剖学的には胸腔内の後縦隔という部位にあります。そのため食道には胃や結腸にある漿膜(ソーセージの外側の膜と考えて下さい)がありません。胃や結腸ではこの漿膜が、ある程度、癌の進行を抑える障壁の役割をするのですが、食道にはこの漿膜がないために、容易に周囲の組織に癌が進展してしまう傾向があります。
そして消化管でありながら胸部に位置することから、その手術は胸部、腹部を同時に扱う手術となります。最近は内視鏡を補助的に使って手術を行いますので患者様の負担は、幾分軽くなりましたが、それでも胃や大腸の手術に比べると患者様の肉体的、精神的な負担は無視できませんし、熟練を要する手術であることは今でも変わりがありません。
食道がんが胃がんや大腸がんに比べて発育速度が速いこと、食道の早期癌がX線造影検査では発見されにくい平坦型(隆起したり、深い潰瘍を作ったりしないのが食道の早期癌の特徴です)であることが③の理由です。
「食道がん」の危険因子と予防】
食道がんにはかからない事、これが肝要ですが、人は自分の病気を選ぶことは出来ません。ならば、予防です。
食道がん(少し、ややこしくなります。食道がんにはその固有の組織から生じる扁平上皮癌と胃の組織が下部食道に入り込んだことが誘因で生じる腺癌がありますが、ここでは扁平上皮癌についてお話しています)の危険因子は喫煙と飲酒です。腺癌も含めた食道がんの71%が喫煙者(扁平上皮癌に限るとさらに高率になります。
日本人の平均喫煙率は23.8%)、Brinkmann係数(タバコの本数×年数)400以上がそのうちの69.7%とヘビースモーカーの占める割合が高率です(1)。
飲酒との関係では食道がんの69.7%とに飲酒歴があります。日本人の平均飲酒率を50%前後と仮定すると、飲酒の影響は喫煙に比べれば穏やかなようです。
しかし、大酒家(日本酒換算で1日、5合以上毎日)、フラッシャー(飲酒すると体表が赤くなる人)、高アルコール濃度の飲酒(ワイン、ビールよりウイスキー、泡盛の摂取量と因果関係があると言われています)にご注意ください。
そして、喫煙して飲酒するのは、食道がんの発生については合算的ではなく、相乗的にはたらき、さらにリスクが増す事をご承知ください。ということで、食道がんの予防は禁煙と節酒です。
「食道がん」治療の戦略とその近未来像
いかにして食道がんで亡くならないようにするか、その実際をお示しします。簡単に言うと、早期癌を発見しこれを内視鏡で治療する、ということです。
まず、食道がんのハイリスクグループ(喫煙者で大酒家)を選びだして、半年に1回、内視鏡検査。この内視鏡検査では、特殊な染色液を食道に散布します。その染色態度で、正常組織と前癌病変および早期癌との見極めをし、早期癌の診断を下します。そしてこれを内視鏡下に切除するというのが手順です。
最新の内視鏡検査では色素染色に代わって、中心波長のスペクトル幅を先鋭化した観察光(狭帯域光観察 Narrow Band Imaging ,NBI)を用いて、粘膜表層の毛細血管や微細模様を強調表示し食道の早期癌を診断する方法が開発され一般化しつつあります。患者様は普通の内視鏡を受けているのと全く変わりません。
前立腺がんにおける前立腺特異抗原(Prostate Specific Antigen,PSA)のように食道に特異的な抗原の同定が望まれます。これにより、選別された患者様についてNBI法で内視鏡検査を行って、早期食道がんをより早期に診断し、内視鏡的に切除する。この手順が確立されれば、「食道がん」も「厄介ながん」ではなくなるかもしれません。
食道早期がん
図A 図B
図A:時計針で6時~10時の褐色の病変が早期癌(狭帯域光観察 Narrow Band Imaging ,NBIによる内視鏡検査)
図B:同じ症例の色素内視鏡(ヨード染色)。黄色い部位が早期癌
【参考文献】
(1) 成宮孝祐、中村努 他:食道癌手術症例からみたリスクファクターと予防.The GI Forefront 5:8-10,2009
(2) 河合隆、福澤麻里 他:食道.:消化器内視鏡NBI症例集:7-8,2010
松本外科医院
松本 光之