藍生ロゴ 藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


十年はや湖畔の余寒身になじみ

(滋賀県)藤平 寂信

 あゝ、十年の歳月がとび去ったのだと思う。淡海のほとりに湖想庵を構えて、藤平寂信さんは独居の日々を送ってこられた。湖畔の余寒という中七がこの一行の格であるが、卆寿に向かわれる私達「藍生」の大先達がこのようにしみじみとして、揺るぎのない作品を発表されることを誇りに思い、励まされる心地も覚える。見事な作品である。この秋、「藍生」は二十周年、「あんず句会」は二十五周年、二つの集団のスタート時から参加され、維持発展に惜しみなくお力を注いできて下さっている人の現在を讃えたいと思う。



生きて聴く音なつかしき春の雨

(高知県)浜崎 浜子
 浜子先生が体調を崩され、しばらくの間、休診されたと伺ったときの驚き。回復されて、これまでの生活スケジュールなどを調整され、句会のシステムなども修正されたりして、高知の連衆との学習をしっかりとすすめられておられる。ずっと元気でいらした女性医師の、これは率直な句としてこころに残る。



梅林を抜け日だまりをさびしみて

(東京都)城下 洋二
 こういう句の味わいは誰にでも受け入れられるとは限らない。しかし、人生の哀歓を知った大人の句として、しかも男性の句として、こころに沁みる作品であると私は思う。ひとりの人間が梅見にきて詠んだ句として鑑賞すれば、それはそれでよい。しかし、この一行には作者の人生の現在が投影されていて、その心の表現に過不足のないところが秀吟なのだということを見落としてはならない。


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