藍生ロゴ 藍生5月 選評と鑑賞  黒田杏子


つかつかと寒満月に歩み寄り

(東京都)江上 洋子

 それは第三回の秩父吟行の晩のことであった。一月三十日、土曜日、農園ホテルに泊まった私たちは、暁方まで輝く寒満月にまみえたのである。暮れの大晦日から翌元朝にかけても満月が照り渡ったが、秩父で拝した寒満月は山国の寒気に磨かれて森厳清澄。一期一会の出会いをそれぞれ句に詠み、忘れがたい時間を生きたのであった。江上さんはホテルの前庭に出て、まさにこの句のとおり、寒満月の真下へと進んでいった。この人の若々しい好奇心がこころと身体にあふれ、つかつかと。歩み寄っていった。こんな表現は例がない。季語の現場で授かった純無垢の言葉。



素足触れる大地の固き余寒かな

(京都府)大澤 玄果
 京都嵯峨厭離庵住職。玄果さんは真冬でも素足である。藤原定家ゆかりの名刹を護り維持するために、身体を張っている。余寒の句として、これは存在感のある一行だ。どこにもまぜ物がない。添加物もない。存在感のある句である。



豆撒けば我が胸ひらき鬼ぞろぞろ

(京都府)中村 昭子
 面白い句である。昭子さんはにこにことしながら胸中に鬼を飼っている。豆を撒くと、その鬼たちが出てくる。というのであるが、中七の我が胸ひらき、ここが巧い。眼に見えるように詠んでいるところがさすがだ。


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