藍生ロゴ 藍生4月 選評と鑑賞  黒田杏子


柚子の香の湯の中にをる時空かな

(高知県)谷脇 萬明

 冬至の日の柚子湯。その湯舟に身を沈めている時間を詠んでいる。柚子湯の句は多いし、歳時記に掲載されている例句はそれぞれに趣がある。この句の作者は決してありきたりの作品は詠まない。手なれた句とは対極にある作風で独自の世界を構築しようとしている。下五の時空かなが不思議な臨場感をかもし出している。人は湯舟の中で、この世でもなく、あの世でもない時間を体験する。そんな感じを作者なりに武骨に詠んだところに個性があり、味わいがある。



四日はや古き鏡の中に棲み

(京都府)河辺 克美
 二日はや、三日はや、、、という句はいろいろある。四日はやという句も多い。しかし、わが河辺克美さんのこの句のような例句は見かけない。鏡の中に棲むという世界は珍しくない。この一行の格は古き鏡、その古きである。結婚して以来毎日使っている、姿を映してきている生活の道具。しかし、作者は姿や顔を映しているのではない。その鏡、古鏡の内に棲んでいるという実感を表明しているのだ。日常生活の中にあって、非日常の世界に身と心を置いて生き延びている女性の句だ。



除夜の鐘撞き満月を拝しけり

(東京都)深津 健司
 大晦日に満月を拝した人は多い。しかし、その月の下で、除夜の鐘を撞いた人は実際には少ないのではないか。作者はこの句のとおりの時間を過ごし、輝く初日を迎えられたにちがいない。事実をありのままに詠んで、それが作品になるとは限らない。除夜という時空。鐘を地上で撞くという行動。すべてが満月の光の下であったという一期一会。こんな条件の下では事実そのものに足し算も引き算も不要なのである。


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