藍生ロゴ 藍生1月 選評と鑑賞  黒田杏子


満月や一鐙のみの浮御堂

(滋賀県)永井 雪狼

 雪狼さんは句境を深めている。ともかく熱心に句作にとり組んでいる。この句もそんな日常のつみ重ねの中から生まれたものであろう。淡海、琵琶湖を詠む歳月を重ねてきた作者にとって、浮御堂はどうしても詠みたかったにちがいない。たまたま満月が湖上に輝いているその晩に浮御堂の前を通りかかった。一鐙のみが灯っていたという出合いの恵み。どこにも無理がない。多弁を排し事実をただありのままに詠みあげて、読み手のこころに響く、こころに残る一行を構築している。



鴨鍋のわが家いちばんいい匂ひ

(神奈川県)名取 里美
 育ちざかりの男の子が二人。ご主人と男性三人対女性ひとりの名取家。夕食の時間。こんないい匂いがあふれているのは、、、。家族全員の顔が輝いて、笑い声がはじけて。ほっそりとした名取さんはこんな幸福な時間を句帳に書きとめてほほえんだにちがいない。



やはらかき夜を置いてゆく守宮かな

(京都府)河辺 克美
 守宮のたたずまい、窓などに張りついたときの質感を河辺さんはこのように詠む。気がつくとその守宮はもうどこかに行ってしまったけれど、やわらかい夜の世界が残されていた。京都の伏見の夏の夜の闇、そのしじま。


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