藍生ロゴ 藍生10月 選評と鑑賞  黒田杏子


下駄出して切手を買ひに梅雨晴間

(長崎県)渡部 誠一郎

 作者は開業医。普段は靴を履いて行動している。たまたまこのとき、時間がとれて、切手を買いに近所まで歩いてゆくことにした。おもいたって下駄をとり出す。素足で履きしめる鼻緒の感触。桐下駄の心地よさ。人生のある日ある時、梅雨晴れのみどりが眼にしみる。「東西南北」でこの作者の人格に感銘を受けた会員は多かった。私もその一人だった。



崩れかかりし芍薬に蝶の影

(兵庫県)中岡 毅雄
 このたび句集『啓示』を刊行した作者である。その栞に友岡子郷先生は、「一冊にして二冊分の質量を感じた。(略)健康体の彼の作品と病身の彼の作品からなる句集・・・」と書かれている。病むことも人生である。私もこの句集(ふらんす堂刊)に栞を入れることを提案したこともあり、文章も寄せているが、この句などを見ると、中岡毅雄復調という思いを強めるのである。回復を信じる。



 

茶畑の濃霧ほたる火流れつぐ

(長崎県)森光 梅子
 この作者のことである。蛍を見ようと句友を誘って出かけてゆき、収穫を手にした、その作品群の中の一句がこの一行である。霧の湧くところに茶の木は育つ。濃い霧が覆うその茶畑を無数の蛍が流れてゆく。舞うのではなく流れつぐと言い切ったところに、その出合いの臨場感が出ている。茶畑は傾斜しているのであろう。霧の中を星雲のように流れてゆく蛍火が読み手の眼にもあふれてくる。


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