藍生ロゴ藍生7月 選評と鑑賞  黒田杏子


かげろふや寡婦のごとゆけ石畳

(京都府)出井 孝子

 この一行に立ちどまり、もう一度じっくりと読み返す。外国詠かも知れないと思った。この作者であれば、ヨーロッパの古都を毎年訪ねているので、イメージもふくらんでくる。ローマでもフィレンツエでも、ベルギーのブルージュなどでもよい。この句は中七の寡婦のごとゆけで成立している。出井孝子という作者の二十年の句作人生の果実だ。



団欒のさまにも見ゆる涅槃図は

(岡山県)酒井 章子
 涅槃図をこのように詠み上げた作者を知らない。酒井さんのこころの底に棲みついたまま凍結してしまった家族団欒の時間。涅槃に入られた釈迦をとり囲む弟子たち、信者たち、その構図は言われてみれば、この句の世界なのだとも思えてくる。



紙きれのごとくに病めり花の闇
(愛媛県)高階 斐
 説明は要らない。高階さんの自画像である。上五から中七のことばに作者のたましいがこめられている。それ故にこそ、紙きれのごとくにという冷徹な表現が共感を呼ぶ。ここのきて想う。巻頭の出井孝子、二番目の酒井章子、そしてこの高階斐。いずれも六十代の女性作者で、選者である私と同年代といえる作家達。それぞれに自己を過不足なく見つめて、甘さにおぼれず、辛さに片よらず、まことにいきいきと存在感のある、そして斬新な境涯詠に到達している。共に学んできた歳月を振り返り、心が満たされてゆく。


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