藍生ロゴ藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


名を呼んでくれる人あり梅の花

(神奈川県)石川 秀治

 つつましい。しかし、このような人生観を若くして身の内に育てている人の在りようを見事だと思い、羨ましいと思う。梅の花の座五は動かない。この作者の季語のあっせんは独特のものである。著作権のない、誰が使ってもよい季語であるが、作者の胸の奥から発せられるその言葉には、その人の言霊が宿っているのだと思う。



用もなく広場に来れば春の月

(埼玉県)奥野 広樹
 物理学博士奥野先生として、研究に打ち込んでおられる人である。その昔、ニューヨーク在住の岩崎宏介さんとふたりで、朝カルの私の入門講座に参加された。共に東大オーケストラのメンバーで、岩崎さんはヴィオラ、奥野さんはチェロ奏者。大学院生のとき、この人は夏休みに、「おくのほそ道」の出羽路を単独で辿り、創刊まもない「藍生」にその作品と文章を発表された。実験に次ぐ実験で寝食を忘れるという研究生活であると、岩崎さんが知らせてきたりする。その奥野博士が国内か国外か、どこでもよいが、まどかな春月の下に佇んでいる。いい構図である。



衣食住足りて雪解け始まりぬ
(秋田県)伊藤 弘高
 和歌山に生まれ育ったこの作者、旧秋田鉱専のあった秋田大学に入り、大学院を了え、この四月から東北大学の職員となって、仙台に住んでいる。和歌山とみちのくの風土は大きく異なる。そのギャップ、カルチャーショックがすこしずつ作品の中に投影されてきている。


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