明治から江戸期のものと思われる朱色の帯、これまでもいくつかの作品で使用しました。
輪郭のはっきりとした古典的なモチーフがビーズ刺繍で引き立つ反面、朱子織の帯地は経年による劣化にはあらがえず、取り扱いには工夫が必要です。
体に触れる部分、底や持ち手付け部分は他の素材によるサポートが欠かせません。
新春は華やかな作品で幕を開けたい気持ちがあり、組み合わせにはフレッシュな柑橘を思わせる緑がかった黄色をぜひ使いたい、そんな素材がみつかりますように、と探しにでかけたところ、運よく、思い通りの色のリネンを見つけることができました。
それを起点に、黄色に映える菫色のリボン、きらめく銀色のブレードなど次々とイメージがふくらみ、素材が集まってきます。素材は多めに準備するのが鉄則、たとえその時使わなくても、後々役にたつことがあるからという話を何度かさせていただいたと思いますが、この時も、使わないかもしれないけれど、と黒いレースのようなテープを加えて購入しました。そしてこれが結果的に大きなヒントを与えてくれることになるのです。
帯の柄を見て、何度かリピートのある2種類の柄を正面に据えることにしました。
それ以外の素材も無駄なく使いたいのですが、後ろ面には摩擦を考えて帯の上に何か重ねたいところ。
いろいろ試す中に、かなり前に購入した幅の広い黒のレースがありました。ちょっと強すぎる?突然すぎる?と思いましたが、ここをうまくつないでくれたのが、あの黒のレースのテープです。
幅広のレースには伸縮性があり、重ねた時のフィット感がよく、透けてみえる帯の色合いがキットによってそれぞれ違うのも面白味になると思いました。
素材の配置が決まり、正面布の生地合わせを完了させてほっとした気持ちで年の暮れを迎えました。
今年は久しぶりに娘を連れて香川の実家に戻り、銭形の砂絵の展望で有名な琴弾神社のお参りをしてから、偶然帰り道にみつけた地元の菓子舗が運営するカフェに寄りました。
こんなところにカフェあったっけ?と思い、調べてみたらもともと商店街にあった店舗がアーケードの撤去により2005年に移転して今の店舗になったとのこと。高校時代に何度も旧店舗の前を通っていて、中には入ることはなかったものの、独特の書体からなる筆文字の店名はしっかりと記憶に残っていました。雰囲気のある店内を眺めながら、なんか昨日のうどん屋と似てるかも、と記憶が戻ってきました。そのうどん屋とはかつて石の彫刻家イサムノグチのアトリエがあった牟礼町の名店『山田家うどん』のこと。気になって帰宅してから調べてみたところ、この2つの店舗をはじめ、香川の代表的な物産品や店舗装飾は『和田邦坊』という地元出身のひとりのデザイナーによってなされていたことを初めて知りました。
邦坊の特徴である墨黒をアクセントとするキレと温かみのあるデザイン、あまりにも日常に溶け込んでいて意識することはなかったけれど、それは私の記憶の中にしっかりと根をおろしており、今回の作品にも、また振り返ればこれまでの作品にも何となく自分の特徴としてあらわれていたことに思い当たりました。
本州と海で隔てられたちいさな地方、そこを訪れる人に何か強い印象を残したい、それを「デザイン」に託そうとした当時の人々の心意気のようなものに今さらながら胸が熱くなり、自らの体験によってそれが確実に成果を結んでいることを知った今回の帰省はきっと忘れられない思い出となるでしょう。
先にも述べました通り、今回のバッグは柄違いの2通りのデザインになります。
どちらが届くかは指定できません。その点をご了承いただいた上でご注文お願い致します。
難易度が高そうに見えるかもしれませんが、はと目部分は加工済み、本革部分はほぼ完成状態(フリンジをボンドでつければ完成です)、ストラップは完成品をご用意いたしますので、特殊な工具や革およびレザーのミシンかけの心配は不要です。
ビーズ刺繍をじっくり楽しみたい!という方には特におすすめしたいと思います。