色素法によるセンチネルリンパ節生検

その実際と成功のこつ

宮内 充
千葉県がんセンター乳腺外科

◎乳腺腋窩郭清を省略する根拠を優られる,色素を利用したセンチネルリンバ節生検法を成功に導くためにはどのようなこつがあるのか,その実際をお伝えする.

    *
キーワード;センチネルリンパ節, 色素法,乳癌,腋窩リンパ節転移

 異物としてリンパ管に取り込まれた色素は,腋窩領域リンパ流のー定のパターンに従ってリンパ節に流れ着く.その最初に流れ着くリンパ節をみつけることが,色素法によるセンチネルリンパ節同定法である.

■同定法の実際
 全身麻酔がかかった患者の患部を消毒した後,23G針を用いて腫瘍直上の皮下脂肪組織内に5mlのインジゴカルミンを注入し,患部を.用手で約5分以上マッサージする.術野の準備を整えた後,乳房全切除の場合は,皮弁作成用に入れた皮切線の腋窩に近い部分から皮下を剥離し,腋窩方向に皮弁を作成していく.そのさい,皮下に走る青染されたリンパ管を損傷しないようにていねいに組織の剥離を行い.リンパ管を腋窩方向に追う.乳房温存切除で腋窩部に別の小切開を加える場合は,皮弁作成ではなく直接腋窩方向の脂肪に切り込んでいくが,青染されたリンパ管をみつければ,あとは乳房切除の場合と同様である.ほとんどの場合,大胸筋外縁から数cm奥までのLevel T領域に青染されたリンパ節を確認できる1).図1に,色素で青染されたリンパ管(実線矢印)とそれに連なるセンチネルリンパ節(点線矢印)を示す.リンパ管の流れ込みは確認できるものの,リンパ節自体が青染されていない場合もあるが,腫大したリンパ節であればそれをセンチネルリンパ節としてよい.発見されたリンパ節は速やかに摘出し,病理検索に提出する.

 色素法は,直接リンパ節を探すというより色素を取り込んだリンパ管の走行を追いつつリンパ節に到達するために,ときに数%の確率で起こりうるLevel U以上奥の腋窩領域や傍胸骨領域にセンチネルリンパ節が存在するケースでは,きわめて困難な手技となり,リンパ節を同定できないことが多い.それらの領域のセンチネルリンパ節同定法に関しては,radio isotope(RI)法を用いたほうがより簡便で確実である.

 色素法で重要な点は,皮下のリンパ管を損傷しないために,比較的厚めの皮弁をつくる点,さらに,リンパ管がみつかったらその走行を追うことに専念する点である.注入した色素が手術の最中からきわめて速やかに尿中に排他されることからわかるように,色素注入からセンチネルリンパ節をみつけだすまでの時間は比較的短時間に限られており,リンパ管を追うことを後回しにすると,後からではみつけられなくなることがしばしばあるので注意を要する.さらに,もし万一途中でリンパ管の染まりが薄くなって走行が不明になったさいには,色素注入部位を用手でマッサージすると,またあらたに色素がリンパ管を流れていくのを確認できることも多い.そのためにも,リンパ管は絶対に損傷しないようにすることが色素法成功の最大のポイントである(「サイドメモ」参照).

■病理検索の実際  摘出されたリンパ節は最大割面一割で凍結切片を作成し,H-E染色後に検鏡する.リンパ節が大きく組織に余裕があれば,数割面の切片を作成することも寛容となる.さらに,捺印細胞診やcyto-keratinなどによる免疫染色法などを追加したほうが,上皮腫瘍の転移(とくにmicro-metastases)を見逃すことがないとされているが,要は摘出されたリンパ節からできるかぎり多くの情報を得るための手段を講じることが推奨されている.迅速組織診に使用したリンパ節の残りの切片はホルマリン固定し,あらためてパラフィンブロックからの永久標本として後日の病理検索に役立てる.

■成績  色素法によるセンチネルリンパ節生険の成績を図2に示す.なお今回はセンチネルリンパ節生検法の成績の提示のために,センチネルリンパ節の術中病理検索結果にかかわらず通常の腋窩郭清を追加した例を対象にして,術後病理検索による腋窩リンパ節転移状況をもとに成績を出した.

 腫瘍径に関係なく,術前の触診で腋窩に転移を疑わせるリンパ節に触れない症例(N1bまで)を対象に,1998年6月から約1年間で161例に色素法によるセンチネルリンパ節同定を試みた.全期間においてその同定率の平均は77.6%(125/161)である,約3カ月ごとの同定率の推移をみると右上がりのlearning curveを描いており,手技に慣れてきた後半では同定率は90%近くにも達しているが,この手技は明らかに術者の慣れを要することがうかがえる.センチネルリンパ節の摘出個数は平均2.2個であり,多いときには6個のリンパ節を確認した.

 表1は,腋窩全体の病理学的腋窩リンパ節転移状況をもとに,センチネルリンパ節の診断率を期別にみたものである.全期間における正診率は95.2%,感度88.5%,特異度100%と満足のいく結果を得ている.センチネルリンパ節生検法でもっとも問題となるケースは,センチネルリンパ節の術中診断が陰性で,実は腋窩転移を有しているという誤陰性例(false negative case)の存在である.誤陰性率(false negative rate)をどのように算出するかという問題に関しては,その定義に関しては欧米誌上で盛んに議論されており,(A)実際のリンパ節転移を有する症例を分母にして誤陰性の割合をみたものが誤陰性率に相当するという立場と,(B)センチネルリンパ節を同定しえた全例を分母に誤陰性の割合を算出すべきであるという立場の,両者が対立している.表1 にはそれぞれA,Bとして誤陰性を算出してあるが,いずれもほぼ低い値であり.臨床的には十分許容範囲内にあると思われる.

 センチネルリンパ節生検法が誤陰性を生じる原因はさまざまであるが,腫瘤からのリンパ流が複数存在することによって誤陰性が生じるという報告も多い.とくに,腫瘤径の大きいもの腋窩リンパ流が複雑になり,誤陰性が生じる可能性が高くなるといわれる.当センターでの検討でも,主腫瘍径が2cm以下の場合には誤陰性がないが,腫瘍径が2cmを超えると誤陰性例が生じ,腫瘤径の増大とともに誤陰性率が高くなる.このことは色素法に限ったことで';なく,RI法においても同様であり,センチネルリンパ節生検を利用した腋窩郭清省略のさいの症例の適応条件として主腫瘍径が重要になってくる.

 また,これまでの経験例では,術中の迅速組織診と永久標本による病理判定との間に結果の食い違いはなかったが.現実的には凍結迅速診断の限界があり,そのこともセンチネルリンパ節生検の誤陰性を生じる原因になりうることを知っておく必要がある.

■考察  色素法によるセンチネルリンパ節生検法は,そのテクニックの会得のためにはかなりの熟練を要する.とくに,青染された髪の毛よりも細いリンパ管を追跡するさいには繊細さと執拗ささえ要求されるため,短気な外科医には不向きである.しかし,手技のこつを熟知さえすれば90%もの同定率が得られ,臨床的には十分活用に値する.当センターではすでに確認のためのvalidation studyは終了し,実際に腋窩郭清省略の方向で色素法を利用しはじめ,1999年9月までに17例に腋窩郭清を省略した.ほぼ100%に近い症例でセンチネルリンパ節の同定が可能であるときれるRI法に比べると,同定率に若干の不備はあるものの,熟練した術者による90%もの高い同定率は臨床的には十分応用可能である2).また,色素法の欠点は手技の煩雑さのみにあり,同定されたセンチネルリンパ節の成績に関してはまったく問題はない.すなわち,色素法はセンチネルリンパ節をみつけるための手技に慣れを必要とするだけであって,同定さえできれば,そのリンパ節はきわめて正確に服高リンパ節転移の情報を与えてくれる.

 色素法の手技の煩雑さと同定率を不十分とする意見は,色素法がRI法に劣るような印象を与えることはいなめない.しかし,RI法でセンチネルリンパ節が確認されない場合でも,色素に染まったリンパ管の流入によってセンチネルリンパ節の同定が可能になるなど,色素法がRI法の不備を補うこともしぱしばある.色素とRIによるtwo-mapping法の有用性が報告されている3)ことから考えても,より簡便な色素法は外科医がかならず会得しなくてはならない手技であろう.もちろん,RI法の欠点である大がかりな設備や放射線の被曝などの問題も色素法には皆無であり,どの施設でも容易に導入できる方法であることに疑いはない.



文献

1)Miyauchi.M. et al.:Computed tomography
for preoperative evaluation of axillary nodal
status in breast cancer.Breast Cancer,6:243-
248,1999.
2)lmoto,S. and Hasebe,T .:Initial experience
with sentinel node biopsy in breast cancer at
the National Cancer center Hospital East. Jpn.
J. Clin. Oncol.,29:11-15.1999.
3)野口昌邦:乳癌手術にリンパ節郭清は省けるか.
協和企画通信,1998.
4)Linehan,D.C et al.:lntradermal radiocolloid
and intraparenchymal blue dye injection optim-
ize santinel node identification in breast cancer
patients.Ann. Surg. Oncol. 6:450-454,1999.

今の乳がんの手術方法は?に戻る。