トップページ 医師会へのアクセス 医師会長の挨拶 事業内容 組織と構成 医師会史 リンク 特定健診情報
西彼杵医師会の歩み
西彼杵郡医師会は、その前身である長崎医会、西彼杵郡医会を経て、明治40年(1907年)に設立された。以後、昭和の一時期(昭和18年〜21年)には、戦時体制を取る国策により一旦解散(長崎県医師会西彼杵郡支部となる)したが、昭和22年新生医師会が誕生、明治40年から既に90年余を経ている。西彼杵郡医師会の会員数の推移をみると、戦前は100名前後、終戦直後(昭和24年)は122名、以後減少し続け、昭和45年前後には最小の75名となったが、その後は増加に転じ平成4年には終戦直後とほぼ同数(121名)に復しその後も増加傾向が続いている。平成10年には150名を越え、県内郡市医師会のうちで、長崎市医師会、佐世保市医師会、長崎大学医師会、諫早市医師会に次いで5番目の会員数を有する。

T.
長崎医会:明治17年10月27日、西彼杵郡は長崎区(後の長崎市)と合同で、吉田健康会長、西道仙副会長のもと、開業医組合を設立した。これが医師会の前身となった長崎医会である。当時は主として、赤痢、コレラ、天然痘等の急性伝染病対策が医会の主要な任務であった。西彼杵郡の会員数は長崎区のそれより多く、五つの医会に分かれていた。即ち瓊南(長崎市深堀町周辺〜野母崎)、瓊北(時津・長与〜長崎市周辺)、南部(多良見町〜長崎市矢上周辺)、西部(長崎市三重・式見・福田周辺)及び北部(琴海町・外海〜大島・崎戸町)の各医会であった。
U.
西彼杵郡医会:明治21年12月長崎市医会の設立に伴い、西彼杵郡は長崎市と袂を分かち独立して西彼杵郡医会を設立した。会長は公文良能が務めた。
V.
西彼杵郡医師会:明治40年6月25日、前年に制定された醫師法及び醫師会規則を受けて、公文良能会長のもと、西彼杵郡医師会が誕生した。
1.
公文良能会長時代
(明治40年6月〜大正7年3月)
副会長:中村夘一郎、幹事:渡辺治三郎・岩永恒松・岩永栄太郎・原口伍一
2.
田中徳見会長時代
(大正7年4月〜昭和9年2月)
副会長岩永栄太郎、幹事:原口伍一・待山六次郎・千綿常三・渡辺治三郎 ・草野観吾・稲松志可太
3.
稲松志可太会長時代
(大正9年3月〜昭和17年12月)
副会長:原口伍一、理事:尾形辰雄・福田和一郎・待山六次郎・林田勇三・堀常一・吉田寅太郎・須山廣海・岩永庄市・田中稲城
W.
長崎県医師会西彼杵郡支部:昭和18年1月、戦時下の新体制確立のため県下の郡市医師会は廃止され、長崎県医師会の支部となった。西彼杵郡医師会も長崎県医師会西彼杵郡支部となったが、昭和20年12月迄は理事(幹事と改称)も同じ顔ぶれで終戦を迎えたと思われる。
4.
田中稲城支部長時代
(昭和20年12月〜昭和22年3月)
昭和20年12月21日稲松支部長が次期長崎県医師会長就任のため辞任し、後任には田中稲城幹事が就任した。副支部長:崎田修吉郎、幹事:多々良静歳・堀常一・岩永庄市
X.
新生西彼杵郡医師会:昭和22年12月には、西彼杵郡医師会が誕生したと思われる。
5.
浦口淳一会長時代
(昭和22年4月〜昭和24年3月)
新生医会の誕生・戦後の混乱期に浦口淳一が1期2年間会長を務めたが、その他の役員名は不明である。
6.
亀井照見会長時代
(昭和24年4月〜昭和26年3月)
副会長長沢透、理事:森正紀・山田彰・藤瀬勇
7.
吉田定男会長時代
(昭和26年4月〜昭和39年11月)
昭和26年4月亀井照見の跡を受け、吉田定男が会長に就任した。翌27年8月7日西彼杵郡医師会は社団法人の認可をうけた。副会長:長沢透、理事:森正紀・田中智郎・山田彰
8.
松瀬猛夫会長時代
(昭和39年11月〜昭和49年3月)
昭和39年11月10日、病気療養のため、任期半ばにして吉田会長が辞任し後任には松瀬猛夫議長が選出された。副会長以下の役員には昭和41年3月迄変動なし。(昭和41年4月〜43年3月)副会長:山田彰、理事:瀬戸勇美・金森頼秋・朝長守・原口尚
(昭和43年4月〜昭和49年3月)
副会長:瀬戸勇美、理事:金森頼秋・朝長守・原口尚・川島卓爾
9.
瀬戸勇美会長時代
(昭和49年4月〜平成2年3月)
(昭和49年4月〜昭和54年3月)
副会長:飽田又雄、理事:藤崎歩・大田治男・梶山茂・黒崎勇
(昭和54年4月〜昭和55年3月)
副会長:飽田又雄、理事:藤崎歩・梶山茂・黒崎勇・田嶋英夫
(昭和55年4月〜昭和59年3月)
副会長:飽田又雄、理事:藤崎歩・梶山茂・黒崎勇・田嶋英夫・原田圭八郎
(昭和59年4月〜昭和61年3月)
副会長:飽田又雄、理事:藤崎歩・黒崎勇・田嶋英夫・原田圭八郎・江崎辰男
(昭和61年4月〜平成元年3月)
副会長:飽田又雄、理事:藤崎歩・田嶋英夫・原田圭八郎(63年6月辞任)・江崎辰男・本田三仁・佐藤健次郎(63年7月新任)
(平成元年4月〜平成2年3月)
副会長:藤崎歩、理事:田嶋英夫・江崎辰男・本田三仁・山辺巌・佐藤健次郎
10.
黒崎勇会長時代
(平成2年4月〜平成10年3月)
平成2年4月、16年間の長きに亘り会長職を務めた瀬戸勇美が勇退、跡を長崎県医師会常任理事の黒崎勇が継ぐ。
(平成2年4月〜平成4年3月)
副会長:江崎辰男、理事:本田三仁・佐藤健次郎・中村逸雄・井川長年・成田晋二
(平成4年4月〜平成6年3月)
副会長:江崎辰男、理事:本田三仁(4年6月死去)・中村逸雄・佐藤健次郎・井川長年・成田晋二・前島和樹(4年7月就任)
(平成6年4月〜平成8年3月)
副会長:江崎辰男、理事:中村逸雄・佐藤健次郎・井川長年・中村正・土肥勝徳
(平成8年4月〜平成10年3月)
副会長:江崎辰男、理事:中村逸雄・井川長年・中村正・前島和樹・古賀庸之
11.
田嶋英夫会長時代
(平成10年4月〜平成16年3月)
平成10年4月、4期8年間会長職を務めた黒崎勇の跡を、長崎県医師会常任理事の田嶋英夫が継ぐ。
(平成10年4月〜平成13年3月)
副会長:井川長年、理事:古賀庸之・前島和樹・朝長眞一郎・小武康徳・森剛一
(平成13年4月〜平成14年3月)
副会長:井川長年、理事:古賀庸之・土肥勝徳・朝長眞一郎・小武康徳・森剛一
(平成14年4月〜平成15年3月)
副会長:井川長年、理事:土肥勝徳・小武康徳・森剛一・山本眞志・鍬先清一郎
(平成15年4月〜平成16年3月)
副会長:井川長年、理事:土肥勝徳・小武康徳・森剛一・鍬先清一郎
12.
佐藤健次郎会長時代
(平成16年4月〜)
平成16年4月、3期6年間会長職を務めた田嶋英夫の跡を、長崎県医師会常任理事の佐藤健次郎が継ぐ。
(平成16年4月〜)
副会長:土肥勝徳、理事:古賀庸之・遠山杏子・萬木信人・宮崎充・小出英一郎
平成17年4月14日 社団法人西彼杵郡医師会から 社団法人西彼杵医師会
12.
(平成18年4月〜)

副会長:土肥勝徳、理事:古賀庸之・萬木信人・宮崎充・小出英一郎・田中公朗

(平成20年4月〜)

副会長:古賀庸之、理事:萬木信人・小出英一郎・田中公朗・安永暁生・原田大

(平成22年4月〜)

副会長:古賀庸之、理事:萬木信人・小出英一郎・田中公朗・安永暁生・原田大

平成24年4月1日 社団法人西彼杵医師会から 一般社団法人西彼杵医師会
13. 古賀庸之会長時代
(平成24年4月〜
平成24年4月、4期8年間会長職を務めた佐藤健次郎の跡を、古賀庸之が継ぐ。
(平成24年4月〜平成25年12月13日) 副会長:萬木信人、理事:小出英一郎・田中公朗・安永暁生・原田大・湯下芳明、監事:塚崎直子、西田一
(平成25年12月14日〜平成26年3月)

副会長:萬木信人、理事:田中公朗・安永暁生・原田大・水田陽平・広田哲也、監事:塚崎直子、西田一

(平成26年4月〜平成28年6月) 副会長:萬木信人、理事:田中公朗・安永暁生・原田大・水田陽平・広田哲也、監事:塚崎直子、西田一
14.  萬木信人会長時代
(平成28年6月〜)
平成28年6月、2期4年間会長職を務めた古賀庸之の跡を、萬木信人が継ぐ。
 
(平成28年6月〜)

副会長:田中公朗、安永暁生
理 事:原田大・水田陽平、広田哲也、
    下村千枝子、相良耕三、中尾勘一郎
監 事:塚崎直子、松永義孝

     
記: 前島 和樹
診療所・病院案内
休日当番医
病気のお話
一般社団法人 西彼杵医師会
〒851-2105
長崎県西彼杵郡
時津町浦郷396番地25

会員様へのお知らせ 会員様専用ログイン