◎特集 橋下徹氏が やりたかったこと すでにやったこと やろうとしていること

橋下府政の財政改革を批判する

       立命館大学准教授 森 裕之

森裕之

もり・ひろゆき

高知大学、大阪教育大学を経て、2003年から立命館大学政策科学部助教授(現在准教授)。
著書に、「公共事業改革論」、共著「Q&A地方財政構造改革とはなにか」、論文「市町村合併と公共サービス」、「公共事業改革と社会・経済システムの転換」、「税財政改革の動向と課題」など多数。


 

橋下府政の「財政再建プログラム案」

「大阪府は、府債を返済するための基金からの借入れや通常よりも多い府債の借換えにより、財政再建団体への転落を防いできました。しかし、こうした手法は、負担の先延ばしでしかありません。これらの手法と決別しなければ真の再建はできません。このため、『財政非常事態』を宣言し、全ての事業、出資法人及
び公の施設をゼロベースで見直します」

これは、橋下徹氏が大阪府知事への就任直後に発した「財政非常事態宣言」である。要するに、通常返済するべき府債(借金)を先延ばしする財政のやり繰りは今後行わないかわりに、歳出をゼロベースで評価して大きく切り込んでいこうというのである。

大阪府にかぎらず、府県の自治体財政はいずれも苦しい状況におかれている。とくに大阪府では一九九〇年代末から幾度となく財政計画が策定されてきているが、依然として財政構造は硬直的なままである。その意味では、橋下府政の「財政非常事態宣言」の文言自体は否定されるべきものではない。問題はその中身である。

「財政非常事態宣言」を具体的な内容に落とし込んだものが「財政再建プログラム案」である。これは、二〇〇八年六
月に出された「『大阪維新』プログラム(案)」の「3つのミッション」の一つである。これは、他のミッションである「政策創造(重点政策案)」と「府庁改革」の上位計画といってよく、橋下府政にとって最大の課題である。

「財政再建プログラム案」は、二〇〇八年度だけでみても一般財源ベース(府税や地方交付税等)で総額一一〇〇億円もの財政改革(一般施策経費▲二四五億円、建設事業▲七五億円、人件費▲三四五億円、歳入の確保+四三五億円)を行おうとするものである。そして二〇〇九年度と二〇一〇年度においても、それぞれ九〇〇億円規模の歳出削減を行うという計画である。このような財政改革の内容については、二〇〇八年四月に出された大阪府改革プロジェクトチームによる「財政再建プログラム試案」でも示されていた。これらの改革目標額は、二〇〇七年六月に公布された地方財政健全化法で新たに財政再建制度に取り入れられた「早期健全化基準」(イエローカード)のうち、健全化指標の一つである実質公債費比率(標準財政規模に占める公債費の割合を示す指標)が同法の定めを超えないように設定されている。

橋下知事に対する高い支持率

このような大規模な財政削減により、府民生活へ様々な影響が生じるのは不可避である。事実、「試案」の段階でも私
学助成や4医療費公費負担助成事業(※注1)の大幅カットの方針が示され、府民や関係住民からの反対の声が拡がった。また、国際児童文学館や上方演芸資料館などの公の施設・出資法人の廃止の動きに対しても、専門家や府民から存続を求める声があがった。「財政再建プログラム案」は、「試案」段階における府民の声への対応や同和関連予算の復活などの「政治的判断」を踏まえた修正を通じて策定されたものであり、私学助成をはじめとする大幅な社会サービスのカットを伴う点については同じである。

しかし不思議なことに、マスコミによる府民アンケート調査などでは、橋下知事に対しては一貫して約八割もの高い支
持率が与えられている。七月二三日の大阪府議会で成立した予算では、自民党、公明党、さらには知事選挙で対立していた民主党までが賛成に回っている。さらには、かつて「改革派知事」とよばれた浅野史郎、北川正恭、橋本大二郎らによっても、橋下知事の行政手腕は高く評価されている(『週刊ダイヤモンド』二〇〇八年八月三〇日号)。一体なぜこれほどまでの支持が橋下知事に対して寄せられているのだろうか。

これが、「『大阪維新』プログラム(案)」が府民の負託に応えるだけの内容をもっていることを示唆しているとは考えられない。以下では、橋下府政の改革プランである「『大阪維新』プログラム(案)」の批判的検討を通じて、この点について答えたいと思う。

「財政再建プログラム案」の問題点


「『大阪維新』プログラム(案)」は「財政再建プログラム案」「政策創造(重点政策案)」「府庁改革」という「3つのミッション」をもっているが、府民生活との関係で重要なのは前の二つである。この二つのうち、前者は財政運営の大枠であるのに対して、後者は府財政によって創出しようとする大阪府の将来ビジョンを示すものだからである。

「財政再建プログラム案」の主な問題は次の二点である。

第一に、八年後の二〇一六年度に実質公債費比率が早期健全化基準を超えないようにするために、単年度で一一〇〇億円もの財政改革を拙速に進めようとしていることである。それは、二〇〇六年度に策定された「大阪府行財政改革プログラム(案)」が想定していた改革取組額が単年度で二八〇億円でしかなかったことからもうかがえる。しかも、そこでは二〇一〇年度に単年度黒字を実現したうえで、二〇一一年度までの計画期間中に府債残高および減債基金借入額(累計)をピークアウトさせることが計画されていたのである。にもかかわらず、なぜここまで急激に財政改革を進めようとしているのかが十分に説明されていない。

切り込むべき歳出部分が放置されたまま財政操作を行うことは「負担の先送り」であるが、府民生活を守るために減債基金の活用等を行うことは、自治体としての財政運営における裁量と評価できるものであり、両者を混同することは非常に危険である。たとえ早期健全化基準をクリアすることが必要だとしても、丁寧な議論を進めていく時間は十分にある。

第二に、具体的な歳出削減の内容をみれば、教育や福祉などの社会サービスの削減が大きい一方で、大阪府の財政危機を招いた大型プロジェクトについては存続させるという、本来あるべき財政削減の方向性とは相容れないものとなっていることである。府民からの反対が強かったにもかかわらず、私学助成の経常費助成は二〇〇八年度からすでに引き下げられ、私学助成の授業料軽減助成は二〇〇九年度入学生から補助の廃止・縮減が進められることになった。これにより、私立学校の授業料の引き上げと家計負担の増加によって、学びの場を失う生徒が出
てくる懸念が大きい。また、4医療費公費負担助成事業については二〇〇九年度から補助の削減が進められようとしている。

これらの社会サービスに対して、ニュータウン建設、道路、ダムなどの主要プロジェクトは「事業時期を精査」「コス
ト縮減に努めつつ事業を実施」「事業継続は妥当と判断」「需要と採算性を見極めていく」など、これまでと何ら変わらない理由で推進されることになった。これらの大型プロジェクトについては、「試案」において過去の失敗の総括(端的にいえば反省)が記されていたのであるが、「財政再建プログラム案」での主要プロジェクトの決定はそれらを反故にするものである。

重点政策案の二つの柱


「『大阪維新』プログラム(案)」ではじめて示された将来像(重点政策案)は、二つの柱からなっている。一つは、大阪の未来をつくる」(未来を担う世代に集中投資)、そしてもう一つは「大阪を輝かせる」(大阪を圧倒的に特徴づけるために集中投資)である。「大阪の未来をつくる」ための重点政策では、「子育て支援日本一」および「教育日本一(公立教育の充実・強化)」が掲げられている。

「子育て支援日本一」の中身としては、「子育て支援サービスの充実」や「安全・安心な保健医療体制づくり」(救急
医療体制の充実や産科・小児科医師の確保等)などである。「教育日本一(公立教育の充実・強化)」としては、「基礎学力の定着・向上」(少人数学級編制や習熟度別指導の充実等)や「日本一の公立高校づくり」などが示されている。

これらの問題は次のような点にある。

第一に、救急医療体制の充実や産科・小児科医師の確保などは、「重点政策」と銘打つ以前に全国的課題となっているものであり、いわばマイナスの状態を最低限のサービス水準にまで引き上げるという性格のものであって、大阪の将来像を示すという積極的な意味づけは薄い。むしろ、より積極的な医療システムの展開こそが重点政策にふさわしいものであろう。
第二に、教育強化については公立教育のみが念頭におかれていることである。
これは明らかに、「財政再建プログラム案」の財政削減の目玉である私学助成削減を意識したものに他ならない。大阪を「教育日本一」とするためには、府内高校生の四割、幼稚園児の四分の三を受け入れている私立学校との協働がなければならないのは明瞭である。この「重要政策」からあえて私学を除外しているのは、「財政再建プログラム案」に施策を従属
させていることを端的に示している。また、教育関係者の間でも是非をめぐって論争のある習熟度別指導や進学指導特色校などが十分な検証がなされないままに、「教育日本一」といったスローガンの下に掲げられていることも問題であろう。

第三に、「思いつき」的な施策が盛り込まれている。具体的には、公立小学校の運動場の芝生化や公立中学校へのスクールランチ(※注2)の導入がそれにあたる。はたして運動場の芝生化は費用対効果や住民ニーズに適ったものなのか、またスクールランチの導入の一つの理由として「保護者の負担軽減」を挙げているが、これは私学助成削減や乳幼児医療への公費負担助成事業の引き下げ見直しとの関係でいえば、一方で負担軽減、他方で負担強化というやり方をとっている点で整合性を欠いている。「大阪を輝かせる」における御堂筋や水の回廊の光による演出など、物理的にも本当に大阪を輝かせる施策も思いつき的発想といわれても仕方がない。

二〇〇八年度の本格予算では、これらの重点政策が予算化されると同時に、府債発行額の抑制が財政改革の成果として
前面に押し出されている。

無責任な言説としての「関西州」

橋下知事は「関西州」を事あるごとに口にしているが、筆者はここに現府政の無責任な体質を垣間みる。その理由は次
の二つである。

一つには、大阪府民に対して拙速で合理的とは思えない財政改革によるサービス削減を行う目的を「次の一手」のためだという一方で、大阪府の「発展的解消」を将来目標と言っている。道州制以外に地方が生きていく道はないというのであるが、一体どのような前提と論理でそんな結論が出てくるのかについては説明がなされていない。それを自治体のトップが強いアピール力のある口調で「関西州」といえば、それしかないと思い込む住民が出てくるのは自然である。これは非常に危険な政治的扇動と捉えられる。

そしてもう一つは、「関西州」の中心は大阪だという「驕り」である。都市自治体が圧倒的に多い大阪府はむしろ例外
であり、農山村地域がほとんどを占める他の府県の実態を踏まえた発言をすべきである。農山村地域における府県の役割は非常に大きく、「関西州」で大阪が中心になれば、周辺の府県に広がる農山村地域が衰微していくことは必至である。

では、なぜ橋下府政は支持されているのか。それは、劇場型政治を体現することで、貧困や社会の階層固定化を打破し、公金をむさぼる輩を正してくれるのではないかという期待を府民が抱いていることにあるといえる。

大阪府の財政改革によって、医療費助成の削減など、府民生活への影響が深刻なものとなって現れるのは次年度以降で
ある。優れた社会・経済ビジョンを描く中で、それに寄与する民主的な財政改革を構築することが早急に求められてい
る。


※注1 4医療費公費負担助成事業の4医療とは、老人、障害者、乳幼児、ひとり親家庭の医療費をさす。

※注2スクールランチとは、中学校で希望者に供されるデリバリー式の弁当

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