自然豊かな 淀 川 は取り戻せるか?

淀川大堰は、淀川と大川の分岐点・毛馬で、広くたっぷりとした淀川の水流をせき止めている。川の流れをこんなふうに分断するなんて、よくないのでは? 取っ払えないのか?

淀川大堰への疑問を入り口としてみえてきたのは、いまの淀川が人の手によっていかに自然の川と違うものにされてしまったかという事実。それが生きものにどんな影響を及ぼしたか、いまどんな取り組みがなされているのか等をレポートする。

 

淀川大堰は何のためにあるのか?

 

社団法人大阪自然環境保全協会会長であり、淀川環境委員会のメンバーでもある大阪市立大学工学部教授、高田直俊さんにうかがった。

「淀川大堰が必要なのは、利水のためです。柴島の浄水場で取水するのに十分な水量を確保するため、また大川から上ってくる船が毛馬の閘門を通るために水が必要、さらに大川には寝屋川から汚い水が流れてくるから淀川の水を送って浄化する必要がある」。

淀川大堰の完成は一九八四年。それ以前には大堰の少し下流、長柄橋の橋脚に規模の小さい堰があったので、大堰建設当時も特に反対運動は起こらなかった。しかし生きものに対しては複合的に悪影響があると高田さんは言う。

 

人が手を加えることで平準化してしまった淀川の環境

 

淀川は氾濫を繰り返してきたため、明治時代の大改修で、直流する新淀川が掘削された。さらに一九七〇年頃からの改修工事では、岸と底が大幅に掘削され、蛇行していた流れは直線化され、太く、まっすぐな川になった。これが河川特有の多様な環境の均一化を招き、淀川独自の生きものが生息できない環境をつくってしまうことになる。

「川は本来、既存の物理環境とか植生を破壊することによって維持されるのです」。自然の川は蛇行して流れ、川の周辺には、冠水域すなわち河川氾濫原がひろがる。河川氾濫原には川が置いていく土砂がたまり、土砂の上には植物が生えるが、年に何度か大雨などで川の水があふれ、たまった土砂や植物を流し、川は流れを変える、ということが繰り返される。河川氾濫原は、その高低差により冠水する回数が異なるため多様な自然環境をつくり出す。

新幹線から見える天竜川や大井川は、蛇行した浅くて細い流れの周辺に河川氾濫原がひろがっている。一九七〇年代までの淀川も、大雨などにより水位が上がると、河川氾濫原はたびたび水をかぶっていた。だからそこにはヨシなど河川特有の植物が生育していた。

しかし改修工事の大幅な掘削により川の本流は広く、深くなり、流れの筋は一定化され、河川敷には運動場やゴルフ場がつくられ、増水しても水がかぶらないようにされた。

この工事の際、「自然地区」として鵜殿のヨシ原は保全された。ところが、ヨシ原にセイタカアワダチソウや葛など他の植物が繁茂し、ヨシがだめになってしまった。草が繁茂する環境では、コアジサシやシロチドリといった生きものも繁殖できなくなった。

「ヨシは性質が弱いわけではないが、他の植物との競争に負けてしまうんです」。以前のヨシ原は年に二〇日くらい冠水していた。そうすると他の植物は枯れてしまう。年に何度か水をかぶることで、ヨシは維持されていたのだ。また、川が直流化されたため、河岸の土砂は流されることがなく、たまる一方となった。

 

大堰が生きものに及ぼした悪影響

 

川が広く、深くなったことの悪影響はほかにもある。改修工事前に比べ、淀川大堰手前の水位は当時三〇.五〇センチだったものが一気に六〇センチくらい上がり、一メートル以上に。川幅も一〇〇メートルから三〇〇メートルになった。ちょっと大きな出水があれば、水は長柄の堰を越え流れていたが、水量が増えたことで流速が遅くなり、淀川大堰手前で水が滞留する時間が長くなった。川の水は一ヶ所にとどまっていると酸素不足で悪くなる。水位変動がなくなって川底まで日光が届かなくなれば、たまった泥がヘドロ化する。出水することがないのでヘドロは溜まる一方。水位が変われば、生きものの種類も変わる。水深三〇.五〇センチならイシ貝などがよく育つ。それが一メートルを超えると、ドブ貝しか生きられなくなった。

さらに魚道の問題がある。普段は堰が障壁となり、また堰の上げ下げのときは流速が早すぎるため、魚が上り下りできない。解決策として、淀川大堰の両岸には、魚道が設けられているが、非常に貧弱だと高田教授は言う。「上る魚には魚道からの流れがわかるからいいが、下る魚には魚道に吸い込まれる流れがないから入り口が見つけられない。堰の手前に魚がいっぱい溜まっている可能性がある」。

 

毛馬と鵜殿で「淀川のいま」を知る

 

編集部は、毛馬へ行き、まずは大堰を眺めることにした。大川の東岸北端に毛馬の閘門と水門がある。水門の西側には排水機場があって、大川増水時に水を淀川へ逆送することで、市内の冠水を防いでいる。

排水機場と水門の間から淀川対岸へ並んでいるのが大堰。つまり排水機場は大堰が遮断している淀川の下流側につながり、水門と閘門は上流側とつながっている。

近辺には、旧閘門なども残されていて、あらためて「治水」について考えさせられる場所だった。

淀川沿いにを心がけ、車でさかのぼっていくと、支流との小さな水門、変電所、揚水場、阪神水道公団など川ゆかりの施設や、川の水を使うことを前提にしていたのであろう製紙工場群などに気付く。

鵜殿は高槻市の北東部。川辺にはヨシがしげり、堤の手前は見事な菜の花畑だ。雨足が強くなってきたので川に近づくのはあきらめたが、あたりに目をこらしていたら、バードウォッチングなんかしたことない筆者でも、そこここに水鳥の姿をみた。きっと鳥以外にも、たくさんの生きものが春をむかえているのだろう。でも、その傍らで土砂が盛大に積み上げられていて、ちょっと工事中のような雰囲気もする。これは、なんや?

 

少しでも元に戻すためにいま取り組まれていること

 

これまでの治水は、できるだけ川の流れをダムや堰で一定にするのが主流だった。しかし一定化された河川には生きものが住めないことがわかってきた。いま淀川では生きものにとってよい環境を取り戻すためさまざまな取り組みがされている。

ひとつは、人工的に水位変動をもたらすこと。大堰設置前の水位変動幅は三メートル前後もあったという。それが現在は五〇センチ程度しかない。流れが遅くなったせいで悪くなった水質の改善と、ヘドロ化した川底環境の改善を、淀川大堰の操作により水位を上げ下げすることではかろうとするもの。二〇〇一年から改修工事前の水位まで下げる試みが始まり、昨年に引き続き今年も行われる。

もうひとつは、高水敷の切り下げである。現在、年間を通じて水をかぶることがない高水敷を切り下げ、年に少なくとも四、五回は水をかぶる河川氾濫原をあらためて創出し、ヨシ原の復元が試みられている。

その他わんどやたまりの保全・復元・創出や、河岸にたまった土砂や中洲に生えた木の除去などが行われている。人が手を加えて固定してしまった川に対しては、人が責任を持たねばならない。鵜殿にあった土砂は、そんな矛盾の象徴かもしれない。

 

きっかけは「河川水辺の国勢調査」

 

一九九七年に河川法が改正され、河川整備の目的として従来の治水、利水に加え、河川環境の整備と保全が明示された。このとき近畿地方建設局の淀川工事事務所は、河川工事に指導・助言を行う有識者による淀川環境委員会を設置した。

しかし環境委員会のメンバーは実際には一九七三年頃から淀川の自然環境について工事事務所に陳情を行いはじめたという。当初、工事事務所に生きものの観点はまったくなかったが、メンバーの粘り強い働きかけにより少しずつ話が通じるようになった。いまではむしろ工事事務所側のほうが積極的だとか。

高田さんによると「河川法に環境が盛り込まれたことが大きいですね。でも、国が一〇年前からはじめた『河川水辺の国勢調査』はすごい。直轄する一〇八の河川と二〇.三〇のダムすべてに対して五年おきに調べていく。大金をかけてね。

 

建設省の土木屋が生きものの話に深くかかわってしまうことになった。こんなチャンスができたのは世界でも日本だけです」。

従来、治水、利水、環境の順番であった河川整備の基準が、環境なくして治水と利水はない、と方向転換されつつある。「あとはそれに沿った内容をどう実現するかです」。

 

治水・利水のためのダムはもういらない

 

それにしても洪水を防ぐために川を広く、深く整備したのに、あらためて河川敷に水がかぶるようにするとはどういうことか? 

河川計画の中心になるのが基本高水という考え方。淀川では、一五〇年に一回レベルの大雨が降ったとき、一秒間に一万五千トンの水が流れると想定されている。その一万五千トンのことを基本高水という。そのうち三千トンをダムでカットし、水位が堤防の高さから二メートル下がった状態で毎秒一万二千トンの水が流れるためにはこれだけの断面が必要だという計画のもとで淀川は整備された。

「淀川の場合、この一万五千トンという値がかなりの余裕を持った数字になっている。ダムで三千トンカットするというが、実際にはダムをつくる余裕がないので三千トンのカットはされていない。それでも淀川で堤防を越えるほど水量が増したのはここ三〇年ないです」。

利水にしても、大阪府下の水の使用量、特に工業用水は、減る一方だという。

「だから上流のダムがなんで必要かっていう話になる」。水質悪化などダムのデメリットは大きい。水があまっている現状で、淀川水系で計画中のダム(安威川ダム、余野川ダムなど)は明らかにいらないし、近畿地方整備局が二〇〇三年一月にまとめた『新たな河川整備をめざして』では、ダム原則中止の画期的な提言をおこなった。

しかしこれは国の管轄のダムの話。環境保全協会事務局長の岡秀郎さんによれば、土建業界との癒着が強い大阪府の管轄下にある安威川ダムは強行される危険が大きい。

 

川との新しいつきあい方〜運動場、ゴルフ場は明け渡そう

 

生きものが生息しやすい河川環境は、一年を通して大きく水位変動があり、河川敷は年に何回か水をかぶり、川は洪水のたびに流れを変える、というものだ。しかし、現在河川敷には公園や運動場、ゴルフ場などがある。河川を生きものにとってよい環境に戻すことの最大の敵がこれら施設だという。

ここで私たちは考えなくてはならない。河川敷で野球をしたりバーベキューをしたりゴルフをするとき、私たちは川という自然に親しんでいるのだと思ってきた。しかし、目の前の川はもはや自然のものではなく、本当ならいるべき鳥や魚が棲めない環境なのだとある日わかったとする。そのとき、生きもののために、家族や仲間と思い切り遊べるこの広々とした空間を明け渡すことができるか?ゴルフをする代わりに、ヨシが繁り、いろんな野鳥がやってくる景色を選ぶことができるか?

答えは鵜殿のヨシ原で探してみてほしい。

 

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