藍生ロゴ 藍生1月 選評と鑑賞  黒田杏子


声明の会の知らせも後の月

(石川県)橋本 薫
 いかにも橋本さんらしい作品。声明の会の知らせを受けとる人は限られているでしょう。後の月もよろしいですね。何度かお訪ねした薫さんの曾宇窯・工房の前には小川がさらさらと音を立てていました。桜やその他いろいろな樹木が川岸に植えられていて、それぞれが紅や黄にもみじしていた記憶があります。ご主人を見送られてのちの歳月。独り暮らしの陶芸家に届く声明の会の案内。そして室内に届く後の月の光。私が映画をつくる事が出来たなら、一篇の映像作品をまとめたい。そんな風に想わせる一行でした。



まんまるな月をすとんと胸に入れ

(東京都)城下 洋二
 ことしは十五夜の月がとりわけ美しく各地で見られたようです。日経俳壇などにも名月の句がどっと寄せられました。城下さんのこの句、いいですね。まんまるな月、それをすとんと胸に入れたというのです。こういう表現は誰にでも出来るものではないでしょう。見事な名月に出合えたよろこび、充足感が手あかのつかない素朴な表現で句にまとめられています。作者自身、この一行に満足しておられるのでしょう。



秋蝶を見たしと歩き廻りし日

(長崎県)奥村 京子
 この句もいいですね。もう決して若いとはいえない。十分に年を重ねた女性が、「秋の蝶」を見たいと、一日あちこち歩き廻ったというのです。風狂という日本語を想いました。俳句を作りつづけているからこそ、平凡な日々に風狂の時間が恵まれるのです。嬉しいことです。ラッキーな人生ではありませんか。


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