藍生ロゴ 藍生2月 選評と鑑賞  黒田杏子


秋風を手に遠くまで旅に出る

(ソウル)金 利惠

 韓国伝統舞踊の名手。これは金利惠の肩書として、紹介する折に必ず欠かせない。しかし、本来この人は文筆家である。中央大学を卒業してのち、ライターとして仕事をしていた時期に「ジャーナリスト講座」にも通っていた。ここで中野利子さんとも机を並べている。中野利子さんはエッセイストクラブ賞を受けている。たまたま「ソウル俳句会」に選者・講師として招かれて行った折、この人と出合った。激しい句を詠んでいた。「本気で俳句を勉強したい」との事で、来日中のある日、山の上ホテルでほぼ一日話し合う。届いたばかりの講談社版のカラーの大歳時記(全一冊版)を記念に贈った。日経俳壇に投句。ファンが多い。二〇一八年十一月一日(木)。東京渋谷のさくらホールでこの人は舞う。大太鼓も打ち鳴らした。翻える練絹の衣の白光。天女の如く鬼女の如く。平凡な句は詠めない。艱難辛苦の俳人。



言葉みなつり橋のごとゆれる秋

(埼玉県)はたちよしこ
 この人は詩人として活躍している。毎月の投句には力が籠められている。私は俳句として世に通用するはたち作品を選んできた。これはなかなかむつかしいことであるが、手を抜くことはしない。選者としていろいろ学ぶことが多い。一字一句が選び抜かれ、常に読み手のこころにすっと届くように作品化されている。プロフェッショナルの人。



神在の家真中に火を焚ける

(島根県)原 真理子
 連載「水のほとり」も二十七回となった。毎回この人でなければ書けない作品となっている。多分、いま頃原さんは米国に居る。神学者で天文学者のある人物から一対一での特別授業、講義を受けている筈。その方が大学を退官され、個人レッスンを開始されるのを待っていたのだという。神在の家、それは出雲の家屋。その真中に火が焚かれているというだけの一行であるが、神在という季語に言葉が宿っている。出雲人の作品。


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