藍生ロゴ 藍生1月 選評と鑑賞  黒田杏子


死におくれたる女郎蜘蛛月今宵

(栃木県)半田 真理

 なかなかドラマティックな一行と思う。名月の夜に蜘蛛が一匹、ごそごそとうごめいている。その動きは緩慢で死に瀕しているように思えた。死におくれているいきものと感知したのは作者の勝手な見たて。ともかく、クモ鋼クモ目の節足動物の種るいは多い。頭胸部に八個の単眼と六対の付属肢(鋏角・触肢・歩脚)がある。世界に約三万五千種、日本だけでも千四百種以上生棲。この句のポイントは女郎蜘蛛。他の蜘蛛ではドラマが成り立たない。作者の歌舞伎好みも反映されているのかも知れない。単純な写生句ではない。



蓑虫を連れて帰りしおばあさん

(愛知県)近藤 愛
 たのしい。近藤愛の句として新境地。蓑虫の句はさまざまあれど、どこかにぶらさがっていたそれを自宅に連れ帰った人を詠んだ句にははじめて出会った。その人が若者ではなくておばあさんであることもいい。俳句を作る好奇心いっぱいの女性。家に帰ってじっくり観察しようと急いで帰宅。この句、なんと言っても、<連れて帰りし>、ここがいい。このおばあさんには親近感が湧く。



鉦叩いちども鳴かず溺れけり

(京都府)河辺 克美
 女郎蜘蛛・蓑虫そして鉦叩。三人の女性がそれぞれに小さないきものに焦点を当てた句を詠み上げている。この鉦叩きは哀れだ。ただの一度も声を挙げないうちに、水に溺れてしまった。死んだとは書いてないが、溺死が予想される。ここが河辺さんの腕と思う。それ故に読み手はこの鉦叩をいよいよ哀れと思うのである。この春、河辺さんは第二句集を出される。緞帳作家でいらした亡き夫君の作品を表紙に生かし、題字は書家としてのご自身の筆。たのしみなことである。


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