藍生ロゴ 藍生12月 選評と鑑賞  黒田杏子


霧を出て霧へ入りゆく牧の牛

(北海道)鈴木 牛後

 牛後俳句に出合うと、こころが広がる。安らぐと言ってもいい。どこにも無理がない。頭をひねったような文句はこの人の句には一切登場しない。七十頭の牛と共に生きている牛飼俳人。霧へ入りゆくというところ。霧に消えゆく。という表現もあると思う。しかし消えるよりも入りゆくの方が自然だし、迫力もある。大きな生きものがつぎつぎに霧の中へ入っていってしまうのだ。生きた言葉は小手先の小器用な気の利いた風の言葉よりずっと美しいし、実在感がある。私たちは日本語の宝石のような俳句をめざしている筈。二〇一九年に牛後さんは句集を出される。選句・構成すべて自分で進める。「序文を色紙に墨書して下さい。それを扉に掲げます」と。光栄なことと思い、私は承諾している。



離農とはかくも寂しき熱帯夜

(新潟県)山本 浩
 山本さんは考えに考え、悩み抜かれた末に、中学を卒業と同時に父上から引き継いだ田んぼを小千谷の組合に委託することを決めた。八十二歳の夏の決断。新潟日報俳壇にも毎週投句されているので、私は山本さんのこの決断に至る経過を俳句作品を通してつぶさに存じ上げてきた。
 米つくりに誰よりも打ち込まれ、研究に研究を重ね、その仕事に誇りと生き甲斐を得てこられた。二人のご子息は農業でない道に進まれた。夫人と二人三脚の生活に終止符を打つ。売却ではないが預けた田んぼで米つくりはもうしない。離農という言葉は重い。



白木槿白しいよいよ哀しかり

(ソウル)金 利惠
 去る十一月一日、東京渋谷の文化総合センター大和田さくらホールで、「金徳洙サムルノリコンサート2018」という大舞台があり、利惠さんの韓国舞踊に圧倒された。六十五歳のこの人は純白の衣装に身を包み、天人のごとく舞い、さらに太鼓も打ち鳴らす。彼女を除けば、夫君の金徳洙さんをはじめ、すべて男性の演奏家ばかり、日経俳壇の人気作家でもあるこの人はエッセイストとしてもすぐれている。「藍生」の華である。


11月へ
1月へ
戻る戻る