藍生ロゴ 藍生11月 選評と鑑賞  黒田杏子


地の底に誰か鈴ふる噴井かな

(神奈川県)高田 正子

 これは凄い句。私は小学時代六年間を旧南那須村の父の生家で暮し、中学一年生以後、栃木県北部の静かな小さな城下町喜連川で過しました。父がこの町に新しく医院と住宅を造ったのです。喜連川は噴井の町。旧家には必ず噴井があったのです。「噴井の鳴る町」というエッセイを書いた事もある私ですが、これほどの句はいまだ詠めておらず、またここまで深く豊かに噴井という存在が人間に授けてくれる歓びを詠み切った句を他に知りません。高田正子一代の秀吟です。
 たまたま、俳人協会刊・自註シリーズ『高田正子集』が届きました。正子さんとの長いご縁、句縁を振り返りました。俳人協会新人賞を手にされたこの人に「受賞はその後が大切」と私が電話を掛けたそうです。現代俳句女流賞と協会新人賞を『木の椅子』で頂いた折、古舘曹人大兄が「賞なんて事故のようなもの。精進あるのみ」と諭して下さった杳い日の記憶が甦りました。正子さんの自註三百句は実に見事。寂聴先生のみちのく天台寺普山式。その翌日が正子さんのご結婚式。私は両日の感動を生涯忘れることはありません。



白骨のうさぎなりけり月の島

(北海道)葛尾 さとし
 三十八歳の作者。はじめての投句。何とも印象深い句です。うさぎが白骨となっている。遺された骨格からうさぎであることが判る。そして月の島。この島は離島でも日本列島でもよい。俳句という形式を生かして作者は大きな物語、叙事詩のようなものを書いてゆこうと希っておられるのではないか。ともかく一読魅了された作品でした。



悲歌と聴けアイヌ神謡明易し

(富山県)澁谷 達生
 七月の北海道大会。豊川容子さんの語りとあの天の声なる歌声。参加者全員が魂を揺さぶられました。大勢の方々から寄せられた句の代表作として澁谷さんの一句を掲げます。


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