藍生ロゴ 藍生2月 選評と鑑賞  黒田杏子


目がさめる秋雨らしき音の中

(神奈川県)石川 秀治

 若い人の句ではない。よく睡れて、目がさめる。また頭の中はぼんやりしている。雨の音だ。秋雨らしき音の中。ここが石川秀治流である。秋雨らしきと言われて、読み手も秋雨を聴きとめてゆく。石川さんと共に秋の季節の内にゆっくりと浸ってゆくのである。力んだところが全くない。でも懐しさのある雨音につつまれてゆく安らぎ。



一幹づつの風を聴く秋の森

(東京都)田邉 文子
 いかにも田邉さんの句である。秋の森に身を置いて、それぞれの樹木をわたる風音を聴きわけているのだ。石川さんは雨音。田邉さんは風音。この句にも無理な表現は全くない。読み手である私たちをその秋の森にやさしく誘ってくれるゆたかな存在感のある句だ。田邉さんは東京女子大「白塔会」の大先輩でいらした。「藍生」に参加され、例会に毎月出席され、私の選句選評にじっと耳を傾けて下さっておられた。「藍生賞」の授賞式には和服を召されてご出席。急逝を知らされたとき、お身内でお訣れの会その他すべてを完了されていた。私にとっての大先達。ご恩を忘れることは出来ない。



小春日のやうな句集と人であり

(栃木県)半田 良浩
 この句、加村維麻さんへの追悼句である。句集『夜明け』(藍生文庫・56)を出されたのが九月六日。九月十七日のシビックホールでの例会では、にこやかにその句集にサインをして下さり、句友たちの拍手を浴びて、台風の中、にこやかに上田に帰られた。クリスチャンネームはヨゼフ・唯夫。ご次男加村哲也さんのお手紙に、後半生は「藍生」がすべて。父は幸福な人生を賜りましたと。八十九歳の大往生とも記されていました。


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