藍生ロゴ 藍生1月 選評と鑑賞  黒田杏子


祖母は秋風なんかとも暮らしてた

(埼玉県)はたちよしこ

 祖母と孫娘。その関係は母と娘との関係とは全く別のものだと思う。私は高校時代、母の母の家に寄宿していた時期があり、六十代の祖母とよく話しこんでいた。はたちさんのこの句に出合って、その祖母射越クニの人柄などいろいろと憶い出し、涙ぐむほどの懐かしさを覚えた。視野の広い人で、未来志向の女性。私にクヨクヨすることなどこの世に無いという人生観を授けてくれた女性。ゆくりなくも詩人として知られる句友、はたちさんの句にハッとして深く共感。まことに嬉しくなった。



ゆく雁の糸のごとしや天深く

(神奈川県)名取 里美
 昨年の十月四日、武蔵野の古刹深大寺で私達は雁行にまみえた。しかも名月の夜に。例年より一ヶ月ほども遅い十五夜。深大寺客殿での句座を特別に御許可頂けたお蔭で、私達「藍生」のメンバーはゆくりなくも「月に雁」をまのあたりに出来た。この句、名取里美一代の名吟であろう。写生が利いているなどという段階の句ではない。一行十七音字、一字一音に名取さんの深いりがこめられている。そこにこの作品のいのちが輝いているのだ。



月光の及べる限り鰯雲

(愛知県)三島 広志
 三島広志さんの近作には、中年の屈託、さらに言えば中年の憂愁といったものが投影されていて、そこがまた魅力という感じがあるが、この句はまさに写実句のよろしさ。昨年の十五夜は全国津津浦浦で文字どおり、名月が輝き渡った晩であった。私は深大寺に居たが、三島さんは名古屋で詠まれた。解説は要らない。私たちも広志さんと共に月光に荘厳されてゆくまばゆい雲のかたち、その無限の鰯雲に眼と心を遊ばせて頂けばよいのだ。


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