藍生ロゴ 藍生12月 選評と鑑賞  黒田杏子


門火焚く戦争のこと聞かぬまま

(栃木県)多賀与四郎

 還ってこられる方のために迎火を焚く。盆行事をして毎年の行ない。しかし、その仏さんは戦場に赴かれたのは事実であるが、生前その人から戦地の話、戦争にかかわる話は聞かずじまいだった。と思いながら作者はことしも門火を焚いたのである。新しく「藍生」に参加されたこの作者は私の中学時代の同級生。ことし数えで八十歳。私達は昭和十三年生まれの寅歳。終戦の年に小学校に入学した私達。戦争体験を大人達から聞くことの出来た世代ではあった。死者に対する思いのこもった一行である。



村かへせ耕土をかへせ原爆忌

(長野県)寺島 渉
 寺島さんは長野県飯綱町々議会の議長として。地方議会を開拓再生した人としていま全国的に注目をあつめている話題の人。私にとっては、戦後から一貫して小林一茶の顕彰につとめられ、一茶忌といえばこの人と言われていた清水哲さんの甥御さんとして親しい。りんご農業の主でもあり、学生時代から活動家として旺盛に生きてこられた。議長を辞してこののちは著述と句作に生きると宣言している快男児。こののちの前進がたのしみ。



樺美智子あの暑き日も遠ざかる

(埼玉県)山口 まもる
 この人の句を選評するのははじめてと思う。長い年月、この山口さんの作品に接してきた。樺さんのことを詠まれた作者は私よりすこしお若い。生きておられれば八十歳傘寿の樺さん。同時代を生きた者の胸中に生きつづける。樺美智子忌の句として心に残る作品。


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