藍生ロゴ 藍生11月 選評と鑑賞  黒田杏子


夏空や生きてゆくこの素晴しさ

(新潟県)飯塚 白山

 白山さん七十六歳。五十歳を機にステンレス会社の経営者を止め、奥会津にゆきそば職人となるための修行を開始。燕市白山町に「とどろきや」を開店。二つ目の人生をたっぷり生きておられる。会社の社員時代の成人病はすべて消え失せ、早寝早起き。手打ちそば職人として身体を使うので、薬などはひとつも要らない。彫刻家としての作品もつぎつぎ造っているとのこと。読書をたのしみ、ラーメンの食べ歩きが趣味。白山さんを知る人はこの一行に作者がまるごと投影されていることを知る。巧いかどうかではなく、これこそ飯塚白山そのものの地声の句であり、素晴しい。



夏の蝶盆栽の国出入りして

(神奈川県)岩田 由美
 盆栽園での作か。ともかく盆栽は見あきない。千年の歳月が凝縮しているような松の木のたたずまい。怒涛のような梅の古木。そんな空間を由美さんは盆栽の国と言い切った。そこに現れたのは夏の蝶。明るく鮮やかな蝶が出入りしていると。生命力あふれる一行の空間が過不足なく表現されている。



不眠症の蝉と三日月見てをりぬ

(熊本県)磯 あけみ
 いわゆる夜の蝉。蝉は不眠症ではないと思う。眠りに落ちてゆけないのは作者の方だ。窓からのぞく三日月を眺めて眠りに落ちてゆくことの出来ない作者。蝉が啼く。熊蝉かも知れない。勝手に夜の蝉を不眠症の仲間ときめてしまったところがこの句の面白さだ。


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