藍生ロゴ 藍生10月 選評と鑑賞  黒田杏子


雷鳴一発名告りたる大句会

(大阪府)名本 沙世

 京都知恩院和順会館・カフェで珈琲を頂いていたところ、車椅子の若い女性が…。「先生、やっと来られました。お目にかかれてうれしいです」。創刊時よりの会員、大阪は茨木市の名本沙世さん。五十歳。握手して涙があふれた。句会がはじまる。車椅子同士で私からもっとも遠い、会場入口近くに藤田翔青さんと並んで席に着かれたようだ。
 百三十名余の大句会。稲光、大夕立、そして晴れ上る。この句は素晴らしい。というか凄い。沙世さんの句は特選となり、思いがけないことだったらしく、すこし遅れて「名本沙世です」との声。私は涙が止まらなかった。その日の句を五句投句されている。五番目に記されていたこの句を創刊二十七周年十月号の巻頭に推す。この句に出合えたこと。こんな句を電動車椅子のキュートな働く女性俳人名本沙世ちゃんが誇らかに詠み上げ、投句してこられたこと。その句を満齢七十九歳、数え八十歳の誕生日を四日後に控えた八月六日、広島忌に自宅で私が選句させてもらえたことに感謝する。「藍生」にはこんなすばらしい俳人、作者が居られるのですよ。と胸を張って自慢したい。京都大会の収穫の一句。「あんず句会」にはウィークデーであって、勤めがあったこと、それに嵯峨野僧伽は凝った石組みの空間で絶対に句座に辿り着けないことを知って、参加をあきらめておられた沙世さん。完全バリアフリーの知恩院でやっと逢えました。おめでとう沙世ちゃん。ありがとう沙世ちゃん。



残照ののち月光の朴の花

(東京都)深津 健司
 深津さんは私と同年。数え八十歳を前に、猛勉強中。いくつもの勉強句会を持ち、全力で後進を指導、自らの句境を深めてゆく生活を持続しておられる。この句、単なる写実ではない。月光の世界に浮かび上る真珠色の朴の花。月世界の朴の花はこの世のものとも思えない。一期一会の朴の花との遭遇のしるし。



作り滝美僧のおはす京の句座

(栃木県)半田 良浩
 京都大会での作。玄果さんの七弦琴の特別演奏と解説に感銘を受けた人は多い。今月の投句の中にその数は実に多かった。この句、七弦琴には触れていない。句会場のほとりに滝がしつらえてあった。大澤玄果さんの法衣姿は凛凛しく美しい。まさに美僧であり、品格にあふれている。厭離庵の現住職が「あんず句会」以来の我らが句友である僥倖に感謝したいと思っている。


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