藍生ロゴ 藍生9月 選評と鑑賞  黒田杏子


夢果てず昼寝重ねて老いてゆく

(長野県)大工原宏牟

 大工原さんと話をした日はずい分昔のことになる。軽井沢で「藍生」の大会が開催された折。きびきびと幹事団の指揮をとっておられたが、誰に対しても親切・公平。ゆきとどいた配慮が忘れられない。「百姓ですから、一年中働きづめですよ」とおっしゃった。私より年長だとは考えられない行動力。若さ。
  この句、暁方から畑に出て、四時間働いて家に戻る八十三歳の男性の句だ。年を重ねて昼寝の時間が長びく。昼寝の夢も多彩。たっぷりと身体を使い、夢におぼれて年を重ねてゆく自労をいたわるように、励ますように、慈しむ句だと思う。この人に俳句があってよかった。純真無垢の境地に到達している人だ。



夏帯を整へ覚悟したりけり

(京都府)宮永 麻子
 いつも控え目で、しとやかな宮永さん。そんな人の句であるから、読み手も身構える。和服が身についている人。由緒ある陶芸の家に東京から嫁いだ人。事情は知らない。しかし、人間の尊厳を想う。誰にでも詠める句ではない。この人の作品として残る一行。



いく度も水替へて蚊帳洗ひけり

(栃木県)半田 里子
 蚊帳そのものが日常生活の中から消えて久しい。以前、松江の原真理子さんを訪ねた折、蚊帳林で作った、衣服、マット、クッションをはじめ、ランチョンマットやコースターなどの品々と作者に出合い、感動して小物をいろいろ購めて大切に使っている。その作者は車で通った山中の道端に幾種るいもの蚊帳がまとめて廃棄されていたので、それを持ち帰って再生…。その事を憶い出してこの句を味わう。実体験に裏付けされた句の存在感である。


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