藍生ロゴ 藍生8月 選評と鑑賞  黒田杏子


全快と患者に告げるさくら時

(岩手県)斉藤 惠子

 心をこめて診てこられた患者に「全快ですよ」と告げる。そのときの充足感が座五のさくら時にこめられている。医師という職業、仕事に生きる人の歓びがあふれている。父上は軍医として戦場で亡くなられた。娘の惠子さんが医業に就くことは母上の悲願であった。天職に就いたこの人はともかく忙しい。私が出合ったとき、それも大昔だが、たしかこの人は岩手県女医会の会長さんであった。



不如帰妄りに母を呼ぶなかれ

(石川県)橋本 薫
 母上が帰天されたのである。ここに揚げられた四句を拝見して、あらためて橋本薫という俳人の精神の高みと強靭さに打たれる。先に夫君を見送られ、陶芸作家として孤りで生きてきたこの人は六十七歳で母上と永訣。ごきょうだいは居られても、その居住地は遠い。薫さんはいま句集をまとめようとしておられる。私はこの句集に期待している。



お遍路に休んでいけと手書き文字

(東京都)森沢日出子
 こんな句は実際に遍路道に立った人にしか詠めない。「休んでいけ」とは愛情と思いやりあふれる呼びかけである。近年四国を訪れる外国人がとみに増えているという。スペインの参詣道にはない魅力があるのだという。私は定年を迎えた六十歳から八年かけて、皆さんと遍路吟行を重ね満行を見ている。ありがたくなつかしい歳月であった。


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