藍生ロゴ 藍生3月 選評と鑑賞  黒田杏子


一灯に一膳の箸鰤おこし

(石川県)橋本 薫

 詩人・俳人・陶芸家橋本薫さんの冬の日の夕餉の食卓。鰤おこしがとどろく。一灯の下にととのえられた椀や碗、皿小鉢。一膳の箸が一人暮らしのこの人のたたずまいを示す。淋しい光景ではない。夫君を見送られてのちの歳月も短くはない。橋本さんの工房を何度か訪ねたことのある私は何故かこの人に篠田桃紅さんの風姿を重ねて想う。百四歳の桃紅さんは先生を年末に訪ねた「篠田桃紅作品館」の松本志遊宇さんをお相手に、江戸時代の生活文化の高さを滔滔と三時間語り続けられたという。その驚くべき報告を松本さんから伝えられたとき、私は反射的に橋本薫さんのことを憶ってもいたのであった。



病むひとの口につめたき銀の匙

(京都府)植田 珠實
 一人娘のこの作者。長命のご両親にかしずくことただごとではない。病人の口に食べ物を運ぶ。その銀の匙のつめたさを詠み上げてまごころあふれる一行となっている。



臆病でありしは昔大根洗ふ

(長野県)内山 森野
 いかにも森野さんの句である。上五から中七にかけてのフレーズは珍しいものではない。従って下五で決めなければ一句の独立性独自性は生まれない。さすが農民俳人 内山森野。大根洗ふで〆めた。現在この人は毎月信州から東京例会に参加されている。新人賞を竹内きくえさんと揃って受賞されたころの土性骨が復活しつつあることを私はよろこぶ。


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