藍生ロゴ 藍生1月 選評と鑑賞  黒田杏子


老いてわれ浪立つ海に鮭を追ふ

(新潟県)斉藤 凡太

 われらが凡太さん九十一歳。七十一歳から始めた俳句。私が出雲崎の渚句会に選者として招かれて伺ったその句座に凡太さんが居られた。お互いに寅歳。私は凡太さんの一廻り下。それ以前にも出雲崎には何度か行っていた。たまたまその時は私が勤め先を六十歳定年で辞める年。凡太さん七十二歳。「サライ」(小学館)十二月号に凡太さんは写真入りで堂々五頁の登場。この句、上五・中七までの言葉は凡太さんでなくても書けるかも知れない。鮭を追う。これは小型定置網を使って四人で力を合わせる鮭漁。文字通り、身体を張っての作品。藍生集への投句は今回四句。この人は自分で納得のゆく作品だけを投句するようで、三句しか投句されない時もある。九十一歳、現役の漁師でなければ書けない一行。敬服した作品。



稲妻の野を奔りくる雨の群

(静岡県)岩上 明美
 明美さんならではの鮮烈な一行。海辺に暮らす凡太さんと対照的にこの人は天城山中の山葵農家に嫁いだ人。四十六歳と記されている。稲妻の野を奔りくる、ここまでの表現も圧倒的であるが、雨の群の座五が発見である。雨粒でも雨脚でもない。雨の群と書かれるとその雨がいきもののように遠くから奔ってくることになる。広重の雨の版画を見て、西洋の人たちは仰天したという。日本に暮らしていてもこのように雨の勢いを活写することはほとんどの人にとって不可能。岩上さんの精進が生きた作品ですばらしいの一語に尽きる。



待ちかねし初雁夜を深くする

(北海道)後藤 友子
 待ちかねしと夜を深くする。この二つの言葉の間に初雁の二文字。広大な北海道の時空。このような想いをしたためる句友がおられること。選者としてのよろこびは尽きない。


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