藍生ロゴ 藍生5月 選評と鑑賞  黒田杏子


ほろほろと風花昏々と睡り

(山形県)佐治 よし子

 昏々と睡っているのは誰か。作者ではないと思う。作者はその睡る人を見守っているという雰囲気がしずかに伝わってくる句だと受けとめたい。それにしても一句に漂うこの優しさ、慈愛とも言うべきこころの深さは比類がない。選者としてこのような純無垢の作品に対面できることをありがたいと感謝する。



奨学金かへしをへたり日脚伸ぶ

(京都府)滝川 直広
 滝川さんの表情が見えてくる。どこの奨学金かは分からない。私も日本育英会からの奨学金をもらって東京女子大を卒業し、博報堂の月給から返済していた。入学した年は昭和三十二年。32-カ9687というのが私の番号。〈苦労やなあ〉と暗記して振替用紙にいつも記入していた。結婚するとき、父が「借金を背負った娘を人さまにやれない」とまとめて返済すると言ってくれたことに私は従わなかった。ささやかな自立の意志の証明として。この句に出合って遠い昔の私の表情を憶い出した。さらに女子大の教務室で「父は開業医ですけれど、いわゆる赤ヒゲの医師で五人の子供を東京の大学に学ばせる資力はありません」と申請して認可された日のことも…。



五体貧しく雪の暗渠となりぬ

(北海道)五十嵐 秀彦
 これこそ五十嵐秀彦の句である。近年のヒット作ではないか。とはなりぬでもいいのではないかと思う。この人の句として残る。


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