藍生ロゴ 藍生3月 選評と鑑賞  黒田杏子


来年も藍生会員日記買ふ

(新潟県)斉藤 凡太

 思わず「ありがとう。凡太さん」とつぶやいた。病院の個室の机。投句ハガキの一枚一枚にしっかり眼を通す。病室での最後の選句とおもいつつ、添削の朱を入れたり、「巧い」などと独り言を言いながら、すすめてゆく作業。私は選句を天職と感じているので、疲れたり、飽きたりということは全くしない。でもこんな句にめぐり逢えばこころが弾む。九十歳の凡太さんは私にとっていよいよ句作の師である。「小学校しか出ていない凡太が俳句のお蔭で日本中の人に知られるようになって…。先生、凡太が大学出てたら文部大臣にはなったかねえ。アハハハハ」。私達は寅年の無二の句友である。この世で逢えてよかった。



年暮るる原発非難てふ奈落

(福島県)渡部 健
 長らく千葉県に避難移住されていた。日経俳壇やNHK学園生涯教育コースの投句者と選者としてこの作者の名前にはなじんできた。近年「藍生」に入会され、昨年の福島文学賞俳句部門(五十句)の準賞受賞者。奈落は梵語narakaから、「地獄」「物事のどんぞこ」「最後のどんづまり」などの意をもつ。若い働きざかりの作者のうめき。私達は福島県の人々の置かれている現実から眼を外らしてはいけない。この句友の言葉を胸にたたまなければと痛切に思う。



相続の柿柚子みかん草小石

(京都府)河辺 克美
 書家でもある河辺さん。昨年ご主人を見送られた。小学校同級生でいらした夫君は緞帳作家でいらした。伏見の古い邸宅。そこに遺されたもろもろを妻は相続したのだ。誰がこんな句を詠めるだろう。河辺夫妻はまことのアーティスト・京男・京女であったのだ。


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