藍生ロゴ 藍生11月 選評と鑑賞  黒田杏子


夕蝉や雲裏に日は月のごと

(長崎県)奥村 京子

 静かな句である。雲の裏に太陽が月のような色合いとなって在る。こんな光景を誰もが見ている筈であるけれど句にはしない。夕蝉や上五が効いている。たそがれてきた時間であることは夕蝉の声のひびきが示してくれている。奥村さんの句は派手ではない。ずい分昔、出羽三山大会の折にはるばる九州からいらして下さって、作品賞を享けて頂いたその折にお目にかかってはいる。毎月の投句作品を通して着実でつつましやかな暮らしの中で、句作への情熱と精進をいささかのゆるみもなくつみ重ねてきておられる方であることを頼もしく思ってきた。「藍生」には各地に奥村さんのような作者がおられる。それが私の誇りであり、自慢であり、よろこびである。



友がゐて家族のありてヒロシマ忌

(広島県)山野上雨彦
 広島在住。七十八歳の山野上さんは大阪の長晴子さんの兄上である。日経俳壇黒田杏子選句欄にも投稿されている。ヒロシマ忌のこの句、原爆投下の折は八歳の人のもの。いま友がゐて家族のありて…の上五中七のことばに深い祈りと感謝の念がこめられていることを知る。こののちも語り部としてヒロシマ忌の句を詠みつづけて私たちに問題を提起して頂きたいと思う。



東京はデモ似合ふ街夜の蝉

(広島県)永久 恭子
 東京に住んでいてもこういう句は詠めない。テレビや新聞の報道で永久さんはこの句を詠み上げられたのだと思う。たしかにことしの夏の国会周辺のデモは空前の規模のものとなった。デモ似合ふ街。この中七は発見である。六十年安保のときとも七十年のときとも全く異なる世界史にも残る老若のデモ隊が出現しているのである。


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