藍生ロゴ 藍生9月 選評と鑑賞  黒田杏子


タイヤ交換明易の車椅子

(兵庫県)藤田 翔青

 うっかりこの句の前を通り過ぎていた。もう一度この句に戻ってきて、これは翔青さんの代表句だと感銘を受けた。さりげなく、実にさらりと詠み上げてあるが、車椅子を一日たりとも使わずにはいられない作者であれば、そのタイヤも交換しなければならない。この句、明易の、ここがすごい。事実ありのままであることがこの句の存在感を高め、車椅子生活者の尊厳を読み手に伝えることになっているのだ。翔青さんは研究者として社会的に認められ、忙しさの中で充実した日々を送っておられる。ご本人とご家族の努力が見事に実を結んだのである。ともかくこの句、若々しく、清々しく気品がある。



葭切の蓮のつぼみに来て啼ける

(神奈川県)中村 朋子
 葭切の句は多い。しかし、この句には感心した。昔、上海の博物館でいわゆる花鳥画の図録を購めた。日本画とは別の趣きのある作品が収められていて心が拡がった。中村さんは蓮池で一期一会の出合いに恵まれた。蓮のつぼみとよしきり。至福の時間であった。



自らを眩しむやうに梅雨の月

(静岡県)岩上 明美 
 梅雨の月は美しい。そのかがやきは他の季節の月にはない独特のもの。天城山中で仰ぐその月はどんなにかすばらしいものであろう。自らを眩しむように。この表現は見事だ。何年も仰いできた梅雨の月。明美さんがこの一行を得られたことをよろこぶ。そこそこの写実ではこんな言葉は書けない。天城山中に暮らしてきた歳月の贈り物。月も満足していると思う。独創的かつ深い句である。


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