藍生ロゴ 藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


被爆七十年夕空に春の月

(広島県)大出 豊子

 大出さんは八十九歳になられた。因島に居られる。寂庵の「あんず句会」に参加されていた時期があり、落ちついた立派な句を出しておられた。何年もお目にかかっていないが、いつもなつかしく忘れがたい方である。戦後七十年ということが言われている。広島県人の大出さんが見事な筆蹟で被爆七十年と書き出されたこの一句に粛然とする。夕空に春の月。涙が出るような一行である。瀬戸内海の一角に大出さんのような句友がおられること。「藍生」の二十五周年の誇りである。



子の植ゑし妻の香りの沈丁花

(東京都)城下 洋二
天上の奥さまに捧げる一行。娘さん一家、息子さん一家と共に暮らしておられるその庭の沈丁花。子の植ゑしがすばらしい。世界的アーティストであった夫人を見送られた大変な時期を含む十余年間事務局長として「藍生」を支えて下さった寡黙の人。城下さんの生き方と美意識を示す極上の一句と思う。



春雪の空をひとりで逝けますか

(京都府)河辺 克美
 河辺さんはさきごろ、小学校の同級生で緞帳作家であった夫君河邊保惠氏を見送られた。最期まで看とりをご自宅で尽くされてのことであったとお手紙にあった。スタートして間もない時期の「あんず句会」に河辺さんが参加された折、ご主人が比良山の山荘のまわりで摘みためて塩漬けにされた春蘭をどっさり持参され、桜湯ならぬ春蘭湯を参加者全員が愉しませて頂いた。有給休暇をとってとんぼ返りで京都に通っていた四十代の私は比良山の春蘭を摘みためて下さった河辺夫妻に涙が出るほど感動。私を「あんず句会」に招いて下さった寂聴先生に最終の帰りの新幹線の席で合掌していた。


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