藍生ロゴ 藍生7月 選評と鑑賞  黒田杏子


干鱈噛みつつ読み返すトルストイ

(青森県)草野 力丸

いかにもこの作者らしい句である。私はいつも「力丸さん」と呼んでいる。ともかく大変な読書人であって、好奇心旺盛。ときどき電話でいろいろと話し合う。ぼそぼそと話すその話題には広がりがあって面白い。十月に「東奧日報」主催の俳句大会に招かれているので、力丸節にじっくりと耳を傾けたい。




とほき木にとほき影ある遅日かな

(北海道)鈴木 牛後
この人の日常空間はと考えて、なる程と納得する。こういう句はイマジネーションで創られたものなのではない。まして、テレビの画面とかグラビア頁などを観ての作品ではない。北海道の農場、自分自身の手で拓いた農場に日々働く五十歳の作家の句である。



想ひ出に似て一面の花の塵

(東京都)城下 洋二
一面の花の塵を眼にすることは珍しいことではない。しかしその光景に遭って、想い出に似て、という言葉を呼び出せる人はめったに居ない。想い出そのものではない。想い出に似てである。この似てがこの一行のポイントである。作者終生の哀しみと重なるのであろう。俳句の言葉はその人の人生の投影、人生の一期一会の断片である。


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