藍生ロゴ 藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


ソウルよりパリより手紙シャボン玉

(滋賀県)出井 孝子

出井孝子さん、去る三月十九日早朝に旅立れ、六月号の投句が最終稿となった。「あんず句会」がスタートして数ヶ月後から参加されたので、寂信さん、中村昭子さんに次ぐ草創期からのメンバー。ともかく勉強家。読書人で、源氏物語の研究に長年打ちこまれてきた上に、近年は小説を書くことも打ちこんでおられた。河辺克美さんから、その時には私の悼句をと希っておられたことを伺い、

   われらが出井孝子さんは
 蒼穹をゆく引鶴の先頭に  杏子

 を染筆、喪主の次女幹子さんにお届け出来た。純白のブラウスの似合う出井さん。あの美貌は白鳥よりも白鶴の群の先達にふさわしい。句集『八月』がある。八月生れで私よりまる一年お若い。「藍生」の投句は勿論、「あんず句会」も休まれることはなかった。  「先生が眼を通して下さった私の句の数、考えると眩暈がしますわ」と言って下さっていた。パリが大好きだった出井さん。定宿のホテルのマダム、舞姫金利惠さんなどからの手紙を病床でくり返し読んでおられたのだろう。シャボン玉が明るくて嬉しい。




鍼刺して息深くなる日永かな

(愛知県)三島 広志
藍生賞作家の句が続く。ご存知のように三島さんは施療者である。大学卒業と同時にこの仕事に就かれている。この人の手技によっていのち存えている人の数は知れない。この日永は誰にでもは使えない。重みがある。



ふたたびは同じ波来ず桜貝

(岩手県)菅原 和子
ことしの三月十一日に認められた封書を和子さんから頂いた。傘寿を前に、いよいよ住民票を陸前高田の岩手県から現在暮らしておられる宮城県仙台市に移す選択を迫られているという内容。広く世に知られた燕来るの句ののちに詠まれたこの桜貝の句。和子さんの絶唱である。作者のたましいが季語に吹きこまれている。一行十七音字の世界の深さ。


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