藍生ロゴ 藍生11月 選評と鑑賞  黒田杏子


殊勝にも参道を来る蝮かな

(京都府)大澤 玄果

蝮がこんな風に詠み上げられた例を知らない。殊勝にも、ここがすばらしい。けなげで感心なようすなのである。参道を作者の佇つ方に向ってくる蝮の様子がいきいきと見えてくる。作者は言わずと知れた洛西嵯峨厭離庵住職。愛宕街道の一角に「小倉山荘旧蹟 厭離庵」と刻まれた石柱。そこから一歩入ると、鬱蒼とした竹藪の奥に小さな門、そのあたりをやってきた蝮と玄果さんの対面を想うと、実に愉快。誰にでも詠める句とは思えない。俳句はまさにその人の人生の詩なのだ。



百足虫殺めむかでの妻をおもふなり

(京都府)河辺 克美
「あんず句会」が終了。句座で河辺俳句に出合えないことはとても残念である。百足虫が出現すれば、殺すしかない。しかし、息絶えた百足虫を眺めて、そのつれあいをおもうなり。と書くところ、いかにもこの人らしい。さきの玄果和尚の蝮の句と共に読者を十二分に愉しませてくれる作品である。アニミズムという言葉も想う。理屈ではない。ともかく秀句であり、鮮度のいい句である。



経写す独りに広き夏座敷

(宮城県)三浦 君代
この人の投句は「藍生」創刊時より見てきた。但しお目にかかったことは今日までただの一度もない。品格のある、乱れなどみじんもない見事な筆蹟。長年にわたって病床の夫君を看とってこられて年を重ねる。長命の作者。その人が広々とした夏座敷で写経されているのだ。山気のあふれる住まいであろう。長い介護の歳月から解放されて孤心を?みしめる。このような句友にも支えられて、「藍生」は23周年を迎えることが出来たのである。


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