藍生ロゴ 藍生8月 選評と鑑賞  黒田杏子


みちのくは地の果てならず夏つばめ

(宮城県)小久保 顕

みちのくびと小久保顕のつぶやきであり、叫びなのではないか。三・一一を経て、さまざまな想いが作者の胸の内に湧き上ってきているのだ。この人はいままでこのようなトーンの句を詠んではこなかった。静かに、しかし激しく、そして率直に現状をみつめて詠み上げた一行である。



明けきつて空のうすずみ紫木蓮

(神奈川県)中村 朋子
紫木蓮が動かない。〈戒名は真砂女でよろし紫木蓮〉という句は有名であり、鈴木真砂女という作家の人生そのものである。中村さんのこの句は作者の美意識が貫く自然諷詠の句である。しかし、上五、中七の表現のゆるぎなさによって、作者の人生観、生きる姿勢のようなものも読み手は享受できるのだ。



約束の朧の橋を渡りけり

(北海道)五十嵐 秀彦
誰かと約束をするということはある。渡る橋が朧の中にある。朧に包まれている。というような場合もあるだろう。しかし、このようにその二つの事が一行に詠み上げられてしまうと、独特の五十嵐秀彦ワールドが現出する。難解な日本語はどこにもない。にもかかわらず一句の世界はつややかに謎めいてくる。まもなくこの人の第一句集『無量』が刊行される。たのしみなことである。


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