藍生ロゴ 藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


なにしでだあ電話の声のあたたかしく

(岩手県)村上 瑩子

「なにしでだあ」電話を瑩子さんにかけてきてくれたその人の声が私にも聞こえてくる。「どうしてる。元気?」という標準語より何倍も思いがこもっている。その言葉をそっくり一句の冒頭に据えた作者の手腕に脱帽。村上さんは数年前にご主人を見送られた。一人の時間を坂東・秩父巡拝吟行などに積極的に使って、長い句歴の上に鮮らしい句境をつみ重ねる努力を持続してこられた。この電話の主は村上さん夫妻をよく知る人からのものであろう。心に沁みる一行となっている。



老農婦連れて畦火の走り出す

(岐阜県)吉田 了
畦火とともに走る老農婦。野火とか山火でなく畦火であるところが実にいい。農婦ではなく老農婦であるところも句の存在感を強めている。吉田さんの作品には包容力とも言うべき独特の世界が内蔵されている。老農婦連れてという表現のやさしさはそこからきている。こういう句に出合うと、私などは何よりも慰められ、励まされる心地となる。



満月の雪より白き西行忌

(北海道)橋 千草
札幌に生まれ育った人。そしていまその地で伝統ある結社「壺」の主催者として力を尽くしている千草さんの作品。西行忌はことしは三月二十七日。東京は万朶の花に包まれた。旧暦の二月十五日。「その望月のきさらぎの頃」である。満月の雪より白きというこの景、橋千草さんにとてもふさわしい。


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