藍生ロゴ 藍生5月 選評と鑑賞  黒田杏子


婆ひとり八つの部屋に豆を撒く

(京都府)辻 壽枝子

辻さんは投句用紙に八十三歳と記入されている。「藍生」が創刊された折には六十歳ということになる。八つの部屋。京丹後市久美浜町の一戸建のお住まいと想像される。長年にわたって辻さんの作品に選者として対してきたが、お目にかかったことはない。この句に対面したとき、俳句の力をあらためて知らされた。たった一行十七音字。この一句によって、私は未見の辻さんに強い親近感を覚え、「藍生」が辻さんのように謙虚でしなやかな暮らしを重ねてこられている方々に支えられていることをはっきりと確認し励まされた。



梅の花急いでひらくことはない

(群馬県)大塚 荘市
大塚さんは八十八歳。毎月若々しい作品を寄せてこられている。この句、実に味わい深い。ことしは寒気がなかなか去らず、梅の花の開花も大幅に遅れた。この句、若い人の作品であったなら、また別の鑑賞も出来ると思う。卒寿を前にされた大塚さんの言葉として説得力があり、素直に共感出来るのだと思う。



天界の調べ白鳥集ひ来る

(滋賀県)出井 孝子
長岡京市から長浜市に居を移された出井さん。新しい環境で句境を深めてこられた。この句は淡海に飛来して越冬している大白鳥を詠んだものとして受けとる。ひろやかな琵琶湖。高く飛翔している白鳥が湖面に着氷する。白鳥の声を天界の調べと感じとり、純白に輝く大型の美しい野鳥の群の存在を聴覚と視覚の両面から立体的にとらえた佳吟である。


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