藍生ロゴ 藍生8月 選評と鑑賞  黒田杏子


あたたかや笈摺朱印三十四

(東京都)深津 健司

笈摺に三十四の朱印を頂いた深津さん。夫人と揃って秩父三十四観音巡拝を満行された。あたたかやの五音にその充足感が静かに満ちあふれている。健司さんは坂東三十三観音巡拝吟行も満行されている。六十歳以降七十三歳までの俳句人生の柱のひとつとしてこのロングランの「行」を結願されたことになる。「行」は発心がスタート。発心のないところに結願の日は訪れない。こののちの俳句作品の飛躍が期待される。



朴の花空にさざなみしづまらず

(埼玉県)寺澤 慶信
天地の大景と作者の心の風景がひとつに重なった秀吟である。さきの深津さんの句とこの寺澤さんの句に共通しているもの、それは充足感に支えられた気品である。無理な言葉のあっせんは見られない。季語の現場でごく自然に授かった言葉のゆたかさ。俳句に小細工は要らない。大切なのは心の純度だ。



遊ぶ子を母の見つめる猫柳

(青森県)山本 けんゐち
山本さんは岩木山麓の病棟で何十年も過されている。深津さんや寺澤さんのように、自分の意志で自然の中へ歩いてゆくことは生涯ない病者。しかし、このまなざしの優しさはどうだろう。北国の遅い春。猫柳に日の光がふりそそぐ。子どもに注ぐ母親の愛情。一行十七音字が切り取った母と子の光景。


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