藍生ロゴ 藍生7月 選評と鑑賞  黒田杏子


藪椿怒る女に触れひらく

(石川県)橋本 薫

作者の薫さんは怒っているのである。いや人には分からないが、怒りをこらえているのである。あの真紅の一重五弁の藪椿がいま見事に開いた。何と端正なそのかたち。女が触れひらく。ではない。女に触れひらく。怒りは哀しみである。全身の哀しみが指先に凝縮しているような印象。人間という生命体と植物という生命体の関係の本質の一端を表現。



鳥雲に定年といふ道しるべ

(京都府)清水 憲一
作者の歩勤めの場に身を置いていた人には例外なく訪れる定年という節目。その受けとめ方は人によりさまざまであるが、選者という立場に長らくかかわっている私は、この定年を詠んだ俳句作品を常に眼にしている。清水さんは京都の洛南高校の先生で、松山市での俳句甲子園でご縁を得た人。この句の見どころは、作者が、定年を道しるべと書いておられるところにある。人生という旅路を往く私達。道しるべは大切である。道しるべをどのように享けとめ、前進してゆかれるか。このみを愉しみに見守ってゆきたい。



集ひ来て満行となる桜かな

(埼玉県)寺澤 慶信
去る四月八日(日)、私達「藍生」の仲間七十余名が全国各地から集い、秩父皆野町の三十四番札所水潜寺に巡拝、鍛錬吟行会の満行を見た。毎回一泊二日の行程。八回にわたるこの行を支えて下さった方の中心的人物のおひとりが寺澤さん。納経帳をすべて預り、まとめて朱印を頂くという大仕事を担当されたのである。この一行の言葉の一語一語に実がこもっているのはそのためである。この人は単独で歩き巡拝も果たされている。ゆたかで幸せな句となっていることはすばらしい。


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