藍生ロゴ 藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


山大きければ大きな春の月

(和歌山県)慈幸 洋藏

作者は高野山上に暮らす。この山は高野山であろう。山上でまどかな大きな春の月を仰いで、この一行がすっと生まれたのだと思う。旅人の句ではない。慈幸さんは食料品その他生活用品を扱う店を経営してこられた。長年の闘病生活の中で句作に対する情熱は強まることはあっても衰えることはない。空海のお山への敬慕と誇り。謙虚で冴えわたる感性の持主である作者の作品として巻頭に推す。



案ずるな雪は降るだけ降れば止む

(新潟県)山本 浩
 小千谷の山本浩さんの言葉に納得する。七十代も後半に入っているこの人、夫人と米づくり一筋。この四月はじめに受けとった便りに「只今まだ積雪は一メートル半はあります。田植が予定通りに行なえるかどうか、気がかりなところです。」八十六歳の磯見漁師出雲崎の斉藤凡太さんのつぎは山本浩さんの句集となる。長い俳歴をもつ人だけに、自己模倣に陥らずに山本浩の現在を過不足なく句集に投入する作業は簡単ではない。この人はしかし、いまその努力を重ねている。



おんおんと満ちて涅槃の濤の音

(神奈川県)高田 正子
 単純な写実句ではない。この作者が試みてというか挑戦している作品の世界なのであろう。言葉の構築によって、ひとつのイメージの世界を提示し得た作品と思う。


2012年5月へ
7月へ
戻る戻る