藍生ロゴ 藍生3月 選評と鑑賞  黒田杏子


凍蝶を不意にあやめてしまひけり

(京都府)大澤 玄果

玄果さんは名刹厭離庵のご住職。好評の連載には得度した人ならではの日常が語られている。三十五歳の禅僧の風姿はその文章や俳句作品そのものでファンが多い。この句、たしか「あんず句会」の冬の蝶の兼題の折に選句した記憶がある。凍蝶の句として異色の作。人間といういきものはさまざまな心の部屋を一人の身の内に抱えている。不意に。この三文字三音が作者自身もおどろく作者の一面であったのだろう。その瞬間をこの一行にととのえて、作者の心の闇は作者を慰めるものとなったのだと推察される。



冬ごもりさびしくなれば飯を食ひ

(東京都)城下 洋二
 ダンディな作者の自画像。インスタレーションアーティストとして、世界を舞台に活動を展開されてきた夫人を見送った鰥夫の句である。と言えば分かりやすい。しかし、作者は文人である。こういう風に自画像を作品化出来るまでの刻苦は並大ていのものではなかった。何よりこの人はその一句一句を、学生時代文学研究会の仲間でもあった夫人に捧げている筈である。含蓄と自制心がなくては詠めない人間の句である。俳句は死者の魂とも交流出来る世界最短の詩なのである。



桜紅葉眺めてそして別れけり

(長崎県)御厨 和子
 紅葉は美しい。楓は言うにおよばず、さまざまな樹木が紅葉するこの国に生まれ、暮らしていることをありがたいと思う。桜紅葉も美しい。紅というよりはばら色に近い。近年どの木も以前ほど見事に染め上がらなくなってしまった。これまでに出合った桜紅葉のベストワンは金沢市の犀川のほとり、室生犀星の「杏の碑」のあたりの桜並木。どの木も見事にばら色に染め上がり、川岸の道にもその美しい桜紅葉が散り敷いていた。一人で出かけたこともあの紅葉冷のりんりんと鳴り出すような透明な朝の空気をまざまざとおもい返すことが出来る条件になっているのかも知れない。詩人である御厨さんが、こんな簡素にして印象深い俳句を詠まれるようになられたことに感動する。詩誌「ラ・メール」俳壇以来の長いおつき合いである。


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