藍生ロゴ 藍生2月 選評と鑑賞  黒田杏子


蟋蟀や柱と壁の内ひとり

(石川県)橋本 薫

 孤高という言葉を想い浮かべる。淋しいとか哀しいとか言っていない。蟋蟀や、この上五、唄い出しが抜群にいい。家屋というものは柱と壁で出来ている。その家を建て、陶房を築き共に作品を創り、語り合ってきた人は天に還ってしまった。いまはその虫の音のみが響いている。



正座して母満月を一人占め

(島根県)田川 研一
 満月に向かって正座しているこの母は一心に祈っておられるのではないか。母満月を一人占め。こんな表現はなかなか出て来ない。息子として月に祈る母の姿に打たれ、自分もまたこよなき光を放つ月に心の内で手を合わせているのだ。田川さんは勤めの場を卒業され、故郷に帰られた。茶人である母。たまたま昨年の十二月、松江に行った。原真理子さんのご両親の奥谷の家でお茶を点てて頂いた。冬紅葉につつまれて手に包んだその黒茶碗が、田川さんの父上の遺作なのであった。



初時雨幾度も思ひ出す処く

(京都府)宮永 麻子
 なつかしい心地を誘われる句である。年を重ねてその場所はいよいよ心に鮮かなのである。心のかたちがそのままにすっと一行になったこのような句は、読み手の心にもすっと入ってきて棲みついてしまう。この作者の句には平常心に裏打ちされた独特の自然観と人生観がさりげなくこめられている。


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