藍生ロゴ 藍生6月 選評と鑑賞  黒田杏子


眼鏡跡なぞる指先稽古海女

(三重県)西井 寿栄

 海女さんの年齢が上がってしまってと憂いていたところに、高卒の女性が祖母や母の跡を継いでその仕事に打ち込むことを決意してくれたという話を中條かつみさんから聞いている。この眼鏡はゴーグルであろう。いかにも若い海女さんのしぐさである。旅人ではない。現地に暮らし共に生きる作者ならではの句であると思う。



雛の間大海原の孤独感

(京都府)田中 櫻子
 雛の間というものに身を置いて、こんな風に思う人も居るのである。たったひとり大海原に放り出されたような感じ。賑やかなもの、和やかなもの、幸せな感じ、おめでたい感じというようなものが雛の間にはふさわしいのだけれど、この作者の想いと感覚にはリアルで不思議な説得力がある。



雛祭コートにきらと雨の粒

(神奈川県)岩田 由美
 このコートは雨ゴートではない。早春の頃に着る淡い色の薄手のウールではないだろうか。雛祭の日に着てきたそのコートに雨粒が宿った。それが玄関かどこかできらりと光ったのである。明るく弾んだあいさつの交される場であろう。岩田由美俳句の眼と心の利いた佳品である。


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